きみの幸せを願ってる
Ⅶ
きみは、手術をすることになった。
散々悩み、泣き、唇を噛みしめて、ようやく決断を下したのだ。
きみは言った。
「記憶が無くなるのは、100%じゃないんでしょ?後遺症が全く残らない可能性が1%でもあるなら、ちゃんと信じないとね」
そう言って微笑んで見せるきみを、強い女性だと思った。
俺は時間の許す限り、きみの近くにいた。
手術までの日を俺はきみがいつも通りでいられるように、必死になった。
時には冗談できみをからかったり、女の子の話をして、ヤキモチを妬かせたり。
笑って、泣いて、怒って、嫉妬して。
きみの表情をクルクル変えた。
誰もいないときを見計らっては、優しいキスも、息が乱れるような激しいキスもした。
それでも手術の前日の日には、やっぱり不安は襲ってくるもので。
「ねぇ、輝……」
「ん?」
「この前言ったよね?" やっと掴んだ幸せは、絶対俺が手放させないから"って」
「言ったよ。大丈夫。俺がきみを幸せにする。凛」
まっすぐな言葉に、きみの瞳が揺れた。
「私はあなたに何が返せる?」
「何も。生きていてくれるなら、それでいいよ」
きみを喪うかもしれない。
初めて突きつけられた、現実。
命には最期があると教えられた。
「たとえ、きみが俺を忘れていたとしても、俺はきみを愛してる。きみを絶対幸せにする」
そこまで言い切って驚く。
俺って、こんなに喋るんだ、と。
「輝、変わったね」
「凛」
きみも同じことを考えていたらしい。
「昔は『ああ……』って返事しかしなかったのに」
「そうだな。俺も同じことを思った」
「無口なあなたも素敵だったけど、まっすぐ言葉をぶつけてくれるあなたも、もっと素敵」
変えたのはきみだ。
俺はきみに出逢ってから、変わったよ。
「輝。教師になってよ」
きみは、俺が就職活動をしているのを知っている。
"教師は向かないから"という理由も伝えてある。
「俺には向かないって」
「向いてるよ。あなたは誰よりも人のことを考えている。誰かの幸せを願ってる。ついでに努力家だし、勉強好きだし。充分素質あるよ」
ニコっと笑ったきみ。
「輝の教師姿、私、見たいな」
あ、その笑顔、反則。
「いいよ。見せてやる。お前が手術後に、俺のこと、"好き"って言ってくれたらな?」
イタズラっぽく笑って、きみを抱きしめた。
そのぬくもりが温かくて、きみは生きてるという奇跡に、涙をこらえるのが大変だった。