きみの幸せを願ってる
手術の日、俺は大学の授業を休んだ。
きみの病気を知っている友人が、俺の代わりに出席票を出しといてやるから、きみのそばにいるように言われた。
集中治療室の赤いランプは、ずっとついたままだ。
手術の終わりを待つ間、仕事を休んだきみのお兄さんが、きみの亡くなったお父さんの話をしてくれた。
きみのお父さんは、理科の教師だった。
普段は高校生相手に化学を教えていたお父さんは、家に帰れば、当時小学生だったきみやきみのお兄さんに、子どもにもわかるように、化学を教えてくれていたらしい。
家でもできる簡単な実験を休みのたびにしてくれた、とお兄さんは嬉しそうに言っていた。
幼いきみは、お父さんが大好きだった。
そんなお父さんと約束をしたんだってね。
お父さんと同じ、理科の先生になる、と。
だからきみは、俺と同じ理工学部にきた。
化学の実験をしているきみもすごく綺麗だったね。
いつでも生き生きしてた。
お父さんのおかげかな?
そのお父さんは、きみが中学生になったときに、亡くなった。
きみと同じ、脳の腫瘍。
ただし、きみのお父さんは悪性だった。
わかったときには、色んなところに転移をしていて、手遅れだったそうだ。
「凛には夢を叶えてほしい。お父さんも凛が教師になるのを本当に楽しみにしていたから」
お兄さんは言った。
きみの夢への原動力は、お父さんとの約束だったんだね。
病院の廊下に並ぶ、固い椅子の上で、俺は殺風景な天井を見上げながら、その先に広がるだろう蒼い空に願う。
きみがどうか、教師になれますように。
きみの未来が幸せでありますように。