きみの幸せを願ってる
Ⅹ
洸太さんが、凛に会う。
まぁ、さっきまでの会話からして、お見舞いに行くのは、普通のことなんだろう。
しかし、俺はもう凛のお見舞いに行ったし、すぐにお暇すればよかったのだが……。
なぜか一緒についてきてしまった。
「凛が、あなたのことを忘れていたら、本当にごめんなさい」
洸太さんをきみの病室まで案内しながら、お母さんは申し訳なさそうに縮こまっていた。
「おばさんが謝ることじゃないですよ。手術での後遺症なら仕方のないことです」
洸太さんは、安心させるように、微笑んだ。
お母さんは、洸太さんに俺のことを、凛の恋人だと紹介した。
彼は顔色ひとつ変えず、俺にはじめまして、と言った。
「はじめまして。輝くんか。凛とは同じ大学なのか?」
「はい。同じ学科で」
「凛とはいつから付き合ってる?」
「1年の夏頃から。だけど、今は同じ大学の友人です」
俺は沈黙した。
その沈黙を、洸太さんはきっちり理解してくれた。
「凛は輝くんのことも忘れているんだね」
悲しくなるから、訂正はしない。
俺のことも忘れているじゃなくて、俺のことだけ、忘れている、とは。
「ここです。凛の病室は」
ネームプレートに『松下凛』と書かれた部屋の前だ。
さっきまで俺がいた部屋だ。
また今度なと言って出ていった俺がもう一回来たら、きみに不思議がられるよな。
でも、ここで急に、ではさようならもおかしいか。
「凛。具合どう?」
そうこうしているうちに、きみのお母さんは慣れた様子で、病室のドアを開けた。
「そこで輝くんにも会ったから連れて来ちゃった」
帰ろうか、どうしようか、とグズグズ迷っていた俺を、お母さんは半端強引に袖を引っ張って、病室の中に連れこんだ。
さっき、さよならをしたばかりの俺の顔を見て、きみは笑う。
「やだ。お母さん。輝だって、忙しいのに、引き止めちゃ、ダメじゃない」
「たまには、お母さんも輝くんとお話したいんです」
お母さんも負けじと笑う。
笑ったときに眉が下がるところ、親子そっくりだった。
「あともう一人、凛のお見舞いに来てくれたんだよ」
その言葉を合図に洸太さんが病室に入ってきた。
きみの瞳が、彼を捕らえると、その瞳は驚きに見開かれる。
そして、懐かしさに輝いたのを、俺は見逃さなかった。