きみの幸せを願ってる
翌日の数学。
やっぱり、俺の隣に座ったきみは、鞄から昨日の帰りに貸したノートを差し出した。
「教職のノートありがとう」
「……もう、大丈夫なのか?」
「うん。ごめんね。心配かけて」
昨日の90分の講義をまるまる、寝て過ごしたきみは起きたら、とても楽そうだったから、教職のノートを渡して、帰った。
何気なく、パラパラとめくった教職のノート。
見覚えのない付箋が貼られていた。
「……?」
水玉模様の綺麗な付箋には、黒のボールペンで文字が書かれている。
"工藤くんのぶっきらぼうだけど、優しいところ、好きです"
このノートを見せたことがあるのは、ただ、ひとりだけ。
隣に座るきみの顔を見る。
名前のとおり、凛とした横顔からは表情は見えなくて。
だけど声に出して聞くのもはばかられたので、ノートにシャーペンで文字を書いた。
"これ、どういう意味?"
これという文字と付箋を矢印でつなげる。
トントンとシャーペンの背中でその肩を突付いて、それを見せた。
ハッと俺の目を見たきみの頬が、真っ赤に染まる。
しばらく沈黙が俺たちを包んだ。
幸い、他の奴らは喋るのに夢中で、俺らのことは誰も気に止めない。
ペンケースからきみはシャーペンを取り出すと、俺の文字の下に、サラサラと言葉を綴る。
"そのまんまの意味です"
俺も同じようにその下に続ける。
"松下さんは俺が好きだったの?"
単刀直入な言葉に、きみの顔は更に赤くなってうつむいた。
だけど、きみのシャーペンは止まらない。
"そうです。だから、隣の席にいつも座ったんです"
なるほど、と合点がいった。
他にも席はあったのに、どうしてきみは俺の隣に座り続けたか。
その理由がこれだったんだ。
シャーペンが止まってしまった俺の代わりに、きみは更に書き加える。
"工藤くんは私のこと、どう思ってますか?迷惑ですか?"
迷惑な訳なかった。
きみが来るまで、ずっとソワソワして待っていた。
早く、他の奴が隣に来る前にここに来てくれ、と。
ちょっと焦らして、何も書かないでいると、きみは顔を上げた。
瞳が揺れる。
隣の席に座っていいか、と尋ねるときより、ずっともっと、不安そうだった。
思わず抱きしめて、キスしてしまいそうになるのを、必死にこらえなきゃいけなかった。
"迷惑"
そう書くと、きみの瞳がみるみるうちに、膨らんだ。
可愛い。ほんと。
だけど、これ以上は可哀想だから、続きを書いてやる。
"迷惑なんて、思うわけないじゃん。俺も好きだし"
俺の言葉を理解すると、きみは瞬きした。
静かに雫が溢れる。