見知らぬ愛人
赤いスーツ
 僕は豊田星哉。デザイナーの豊田順子の三男。

 小学生の頃からテニスを始めて中学、高校と全国大会で優勝経験もある。プロのテニスプレーヤーを目指して大学時代もテニス一筋だった。

 それが大学三年の時、足の靭帯を傷めて趣味としてなら問題はないが、プロとしてやっていくのには無理があると整形外科医に言われた。
 テニス以外のすべてのものを犠牲にしてまで打ち込んで来たというのに。


 それからの僕は、まるで糸の切れた風船のような毎日を送っていた。

 それまで女の子と、まともに付き合ったこともなかった。

 母が有名人だったため寄って来る女の子などいくらでもいた。ぼくは手当たり次第と言っても間違いじゃないくらい遊んだ。ほとんど大学にも行かず、よく卒業出来たと不思議なくらいにだ。

 別に就職活動などしなくても母親の会社に入れると高を括っていた。既に長男は副社長、二男は専務として取締役の地位に居た。当然のこと僕も常務の椅子が与えられると思い込んでいた。

 ところが僕に与えられたのは広報室での平社員の立場。一緒に大卒で入った新入社員とまったく同じ扱いだった。

 それでも働くうちに仕事の面白さもどんどん分かってきて、あんなに遊んでいた学生時代からは想像出来ない程に、一生懸命に働くのが楽しみにすらなっていた。

 三十歳になり僕の広報での働きが認められて、常務の命を受け取締役の一人に加えられた。


 そんな時だ。急用が出来た専務の兄が会うことになっていたセレクトショップのオーナーに兄の代わりに会いに行った。五十代の女性で赤いスーツを着てホテルのロビーで待っていると。

 五時から待っていると聞いていたが、僕がホテルに着いた六時半。ロビーには、それらしい女性の姿はない。赤いスーツを着た女性を探しながらロビーに居た。

 確かに赤いスーツを着た女性は居たけれども、どう見ても二十代から三十歳前後にしか見えない。

 やはり誰かを待っているように見受けられた。恋人を待っているんだろうか?

 僕は約束の相手を探しながらも彼女が気になっていた。赤いスーツがとても良く似合っている。華やかな雰囲気があって、でも清楚で決して派手ではない。

 あんな素敵な女性を待たせるなんていったいどんな奴だろう。だんだん気になってきた。よく見るとかなりの美人だ。完全に僕好みのタイプ。一目惚れだと言ってもいい位だ。

 九時を過ぎて、もう仕事相手は来ないような気がしていた。でも彼女は帰る気配もない。気になって帰れない。
 今から家に帰るのも面倒になって僕はホテルに部屋を取った。

 フロントでチェックインしている間に彼女は居なくなっていた。とても残念で、もう会う事も、きっとないんだろうと思った。待っていた恋人でも来たんだろうと……。

 そういえば夕食もまだだった。ホテルの店で食事を済ませ、バーで少し飲んでから部屋に行こうと思っていた。

 学生時代にカッコ付けて良く来たバーだ。
 そこで僕は彼女を見付けた。カウンターで飲んでいた。どう見ても一人のようだ。待ち人は来なかったみたいだった。

 このチャンスを逃したら、もう二度と彼女と出会うこともない。そう思った僕は思い切って声を掛けた。

「どなたかとお待ち合わせですか? おとなりの席、よろしいでしょうか?」

 内心ドキドキだった。学生時代には毎日のようにナンパしていた僕が……。

「どうぞ」

 そう言った彼女に笑顔はなかった。やっぱり恋人に振られたのか?

 とにかく彼女が笑ってくれるような話をしてお酒もかなり飲んだ。

 酔った勢いで彼女を部屋に誘った。きっと帰ると言うだろうと思っていた。ところが彼女は黙って付いて来た。信じられなかった。

 もしかして恋人に振られた腹癒せで自棄になっているんだろうか?


 僕は柔らかな絹のような白い肌の彼女を抱いた。そしてもっと驚いた。彼女はほとんど男を知らないようだった。
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