アクシペクトラム

お約束ですよね

髪を耳に掛けるように、指で輪郭をなぞられる。
たったそれだけなのに、私の身体がびくんと反応してしまう。
「意識なんかっ…」
白羽くんとの距離を取るように後ずさりすると、白羽くんが悪戯っぽく笑う。
「うーそ…。だって顔、真っ赤だよ」
開いた距離の分、白羽くんが詰め寄ってくる。
シャワーを浴びてほどよく濡れた身体に迫れら、私は目を閉じることもできずに硬直する。
さっき白羽くんに触れられた耳がじんと熱い。
「白羽…くん…、ち、近いよ…っ」
背中が壁に触れる。
それでも白羽くんは距離を詰めてくる。
か、からかってるのっ…?!
すっと、頬に大きな手が触れ、白羽くんの口元から笑みが消える。
「カオリさん…」
吐息交じりに名前を呼ばれ、綺麗な瞳が近づいた。
キスされるっ―!!
思わず目をぎゅっと閉じた瞬間―――

ぐぅ~~っ……

部屋の中にお腹の音が響いた。
「え…?」
いまのって、白羽くん…?
「………」
白羽くんが私の頬から手を離し、がっくりと私の肩に顔を伏せる。
「…さっきからすげーイイ匂いするからさ」
どういう顔をしているか見えなかったが、恥ずかしそうに顔をうずめる姿がなんだか可笑しかった。
「ふふっ」
「笑うなよっ…」
「だって…、そういえばご飯は?」
「仕事終わったばっかで晩メシまだなんだよ」
そうか。本当だったら既に家に帰って晩ご飯を食べていたはず。
私が電話したばっかりに、勤務時間外にここまで重い荷物を運ぶことになったのだ。
そして、忘れていたが私も晩ご飯がまだだった。
「ご飯できてるけど…食べる?」
「いいの?!」
顔を上げた白羽くんは、嬉しそうな表情で私を見つめた。
「うん、その…荷物のお礼もしたいし」
白羽くんが走ってくれたおかげで、母が送ってくれた野菜やお惣菜も受け取ることができた。
感謝のひとつでもすることは間違ってはいないだろう。
「だから、髪、乾かしてきて。その間に着替え出しておくから」
そう言うと、白羽くんはやったーと喜んで洗面所に戻って行った。
白羽くんが離れ、私はほっと息をつく。
さっきキスされそう…だったんだよね…?
まだ熱い頬に手を当てながら、私は先ほど吐息が触れそうな距離で見た、白羽くんの顔を思い出していた。

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