アクシペクトラム

試しに俺とどう?

「白羽、お前っ…」
龍宮さんが睨むも、白羽さんは気にしない様子で続ける。
「だーかーらー、こういうの買うってことは刺激が欲しいからでしょ?」
テーブルに両手をついて白羽さんが身を乗り出す。
「恋人とかいないの?」
「こい…びと…?」
目の前に近づく端整な顔に、私は反射的に背中を反らした。
「白羽っ、いいかげんにしろ」
なおも近づこうとする白羽さんの首の根を、龍宮さんがぐいっと引っ張る。
「謝罪に来たことを忘れるな。そもそもお前が事故など起こさなければ…」
「だぁー!引っ張るなよっ」
ソファーに引き戻され、白羽さんが龍宮さんを睨む。
「悪かったって言ってんだろ。だいたい、誰もケガしてないんだから良かったじゃねぇか」
「人的被害はな。しかし、物理的被害でお客様と会社には迷惑かけている」
言い返す白羽さんを、龍宮さんがぴしゃりと黙らせる。
私のことなどお構いなしに言い合う二人を、私はただ呆然と眺めていた。
そういえば…
この白羽という若者は、上司である龍宮さんに対してこんな口を聞いてて大丈夫なのだろうか。
雇ってもらっている会社の営業部長であるなら尚更、いち配達員が言い返すなんてしていいはずがない。
ましてや、自分が起こした事故のせいであちこち訪問してるのに。
まぁ、でも風通しのいい会社なのかもしれない…。
ホワイトタイガー宅配便と言えば、安全で信頼も厚く、配達員が皆アイドルやモデル並みのカッコ良さが売りの企業だ。
どうでもいいけど、早くコレを隠したいっ…
「あのー…」
私は居たたまれなくなり、思い切って声を掛ける。
「荷物は無事だったので、そろそろお引き取りを…」
すると、睨み合いを止めて龍宮さんが眼鏡を押し上げる。
「…失礼いたしました」

そのまま玄関まで見送りに立つと、ふいに白羽さんが私を振り返る。
「試しに俺とどう?」
「っ!!」
にっこりと微笑まれ、私の頬がかぁっと熱くなる。
「いいかげんにしろ、行くぞ」
間髪いれずに、龍宮さんが白羽さんを外に押し出す。
「それでは佐藤様、今後ともどうかホワイトタイガー宅配便を宜しくお願い致します」
最後に深くお辞儀をされて、玄関のドアが閉まった。
私は顔を赤らめたままその場に座り込む。
台風みたいな出来事だったな…なんか疲れた…
あんな恥ずかしい物を見られたのだから、もう一生会うことがないようにと心から願った。
しかし、この時の私は気が緩んだのか大切な事を忘れていた。
そう、白羽さんがこの地区の担当だということを―…

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