アクシペクトラム

知り合いです

「ちょっとカオリ、大丈夫?!」
後ろにいた真希の声に、はっと我に返り私は慌てて俯く。
「あのっ…」
人違いです、そう言おうとした時、
「やっぱり。サトーカオリさんだよね?」
肩に触れたまま、白羽さんが私の顔を覗きこむ。
「え?なに、カオリの知り合い?」
真希が私と白羽さんを交互に見つめる。
「知り合い…じゃない」
目を合わせたくなくて顔を背けると、頭上からくつくつと笑う声が聞こえた。
「ひどいなー、俺はしっかり覚えてるのに」
さっきまでほろ酔いだったのが一気に醒めていく。
「カオリったら、いつの間にこんなアイドル顔の子と知り合ったのよ」
「初めまして、白羽っていいます。サトーさんとは配達してるときに“知り合い”ました」
白羽さんは最後だけわざとらしく口調を強めた。
「配達って…もしかしてあなたが例の?!」
「例の…?」
「な、なんでもないの!ほら真希、早く行こっ」
肩に触れていた白羽さんの手を払いのけ、私は真希の腕を引っ張る。
「サトーさん、ちょっと待って」
再び白羽さんの手が私に伸びた時、
「おーい!白羽、早くこっち来いよー!」
店の奥にいた大学生たちの声がして、その手が止まる。
「ほら、友達が呼んでますよっ」
私は後ろも振り返らないまま、真希を引っ張るように店を出た。

「ちょっとカオリ、カオリったら!」
無我夢中で歩いていたのか、気がついたら居酒屋からずいぶん離れていた。
「ごめん真希、つい…」
「それよりもあの人なんでしょ?ホワイトタイガーの配達員って」
真希が乱れた髪を撫でながら言う。
「うん…、もう絶対会わないと思ってたのに」
「フルネームでバッチリ覚えられてたね」
佐藤というありきたりな名字を初めて有難いと思っていた矢先に、所詮名前なんて後付けなだけであることを思い知らされた。
「大学生みたいだったし、やっぱあの事がインパクトあったんじゃない?」
真希に肩をぽんと叩かれる。
「向こうは遊びに夢中の年齢なんだから、そのうち忘れてくれるって」
そうだといいのだけど、血気盛んな若者が、妖しいオモチャを大量に購入した女のことなど、そうやすやすと忘れてくれるものか。
「ははっ…」
掠れた笑いが口からこぼれる。
もう今日は寝よ…
私は真希と別れ、フラフラとした足取りで家路を歩いた。
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