それでもあなたと結婚したいです。
愛憎で歪んだ笑顔で俺にしなだれ掛かってくる女は本当に醜かった。
この女にずっと底知れぬ恐怖を感じて生きてきたのに、真実はこんなにも浅はかで陳腐な女の正体に俺はすっかり呆れ果てた。
「千春さん………。」
花枝の叩かれた頬は赤くなり、口の端が切れて血が滲んでいる。
「花枝………あの時と一緒だね?君に惹かれたあの夜と。俺はいつも一歩遅くて君を守り損ねてしまう。でも、もう俺は大丈夫だよ?君が身体を張って目を覚ましてくれたから。長い呪縛から解放してくれたから。君と結婚できて良かった………。」
俺は花枝から日登美に向き直った。
こんなに近くに居るのに全く恐怖がない、俺にとってこの人はただの老いた女でしかなくなっていた。
「父さんは母さんを心から愛している。あなたなんて眼中にもないよ。俺で憂さを晴らしたところであなたの惨めな人生は変わらない。あなたに会ったら何て言おうかずっと考えていた。あんなことをしたあなたを責めようか、謝罪させようか。…………でも、今となってはどうでもいい。俺は過去を受け入れ彼女と前に進みたい。あなたに関わっている時間が惜しい。さっさと俺の前から消えてくれないか?」
日登美は驚愕の表情で口をパクパクさせながら後ずさった。
「千春く……」
「早く行けっ!!妻への暴行罪で訴えることも出来るんだぞっ!!」
女は俺の一喝で慌てて逃げて行った。
静まり返った部屋、俺は花枝に駆け寄った。
「花枝………ごめん。」
彼女の口の血をハンカチで押さえた。
「千春さん…大丈夫なの?」
こんな目に合ってまで、心配そうに俺の様子を伺っている。
「もう、大丈夫。…………大丈夫なんだ。」
俺は震えの治まった腕で、彼女を思い切り抱き締めた。