イジワル上司の甘い求愛
電車に揺られながら、思考がほとんど停止している頭をフル回転させて考えてみる。
『チャキ』
自分でも忘れかけていたニックネーム。
高校生の頃に比べると少し深みと色気の増した声色が、さっきから頭の中でもう何度も繰り返されている。
就職してずっと浦島さんは『有瀬さん』と呼んでいたのに。
どうして今更、『チャキ』と呼んだの?
そしてどうしてまた私をご飯に誘ったのだろう。
尋ねておいて答えなんて聞くこともなく、顔を真っ赤にしながら『じゃあ、また』とだけ言い残して急ぎ足で改札口へ消えていった浦島さんを私は見送るしかなかった。
だけど、しゃんとした真っすぐな背中がまだ頭から離れない。
浦島さんには、玲美さんという恋人がいるんじゃないの?
あの薬指に輝く指輪の相手がいるというのに。
どうして、今さら……。
考えても考えても浦島さんの考えていることも、自分がどうしたいのかも分からなくって、私は電車の揺れに身を任せることにしてそっと目を閉じた。