風変わりなシュガー


 あの男が『なあ!』と何度か呼びかけたあと、喋ってしまった。自分の名前は教えないままだったのに、ここにいることを伝えてしまった。

 そしてそのことに気がついて呆然としている私の前で、あの男はにっこりと笑って、頷いたのだ。

『じゃ、今度遊びにいくから』って。そして浮き輪の売り場へととって返し、あとは私一人。しばらく自己嫌悪に陥っていたけれど、太陽が熱くて仕方なく自分のシートの所へと戻り、それまで以上に真剣に泳いだのだった。

 おかげで帰りは大変だった。疲れすぎないようにとあれほど市川さんに言われていたのに、フラフラになってしまったのだ。山道の途中までは自転車でのぼり、あとは自転車を杖代わりにして歩いたというのが正しい。

 蚊にたくさん喰われながら、夕暮れ時にやっと店に戻ったのだった。

 テーブルに頬をつけた状態のままで、私の手はテーブルの上のスティックシュガーを求めて彷徨う。それに気がついたらしい市川さんが、ペシリと私の手を叩いた。

「砂糖はほどほどにしとけっつーの。糖尿病になるぞ、その若さで」

「あうあう。だって精神安定剤なんです~」

「砂糖は砂糖だ、馬鹿いうんじゃない。ビールを飲めビールを!これだって砂糖は大量に入ってるんだぞ」

「ビールにはアルコールが入ってるじゃないですかあああ~。私がアル中になったらどうするんですか!」

「糖尿病は治らないけどアル中は治る」

 そして市川さんは私の持参したスティックシュガーをかっさらってしまう。更にガックリとうな垂れながら、仕方なく私はビールを飲んだ。


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