風変わりなシュガー
市川さんは、謎が多い。
おばあちゃんに聞いた話ではいたって普通の、むしろ少しだらしのない男性なのかと思っていた。大学生活を8年間も楽しんだ挙句に企業に就職などせずにお店を持った人、という。大学を出たら就職してほどほどに会社員をしたらそこそこの年齢で結婚や出産をして、という、平均的日本人が通る道をまっすぐ進むつもりだった私にとっては「ちょっとイレギュラー」な人。
だけど本人に会ってこうしてお世話になっている間に、印象ががらっと変わってしまったのだ。
だらしないどころではない、えらくきっちりとした男性だった。
朝も早くから活動を始め、こだわりの食事や飲み物を提供し、草花や野菜を育て、一人で住んで自力で生きている。お金を稼ぎ土地の管理をし、こうして急に転がり込んできたお荷物である私の世話までしてくれている。素晴らしい人なのだ。
彼の口から何かへの不満や文句の言葉を聞いたことなどないし、いつでも澄んだ瞳で物事を見詰めている感じ。すんごくピュアで尊いもののような、そんな感じが今ではしている。
どうして大学に8年もいたんですか、とか。
どうして一般企業へ就職しなかったんですか、とか。
どうして一人で暮らしているんですか、とか。
どうして私を受け入れてくれたんですか、とか。
聞きたいことは山ほどあれど、未だにひとつも聞けずにいる。約束の9月はもうすぐ来てしまうのに。私がここを出なければならない9月が、もうすぐ来てしまうのに。