風変わりなシュガー
起き上がって、市川さんがつけてくれたカーテンからゆっくりと顔を出す。
階段には既に市川さんの姿はなく、一階の店の方から何やら音がしている。多分いつものようにお湯をわかし、掃除の準備をし、ゆったりとしたあの雰囲気で動きまわっているのだろう。
早起きをして、店のこと以外に何をしているのだろうか。
私はそろりとベッドから降りると、無言のままで手早く服を着替える。市川さんが即席で作ってくれたこのマイ・スペースにはベッドのほかには黒いカラーボックスが一つあって、私が自分で持ってきた小型のスーツケースとそれを使って衣服や持ち物の整理をしていた。
田舎の早朝、そして人里離れた一軒屋。その二階の廊下は勿論ひんやりしていたけれど、私は素足でゆっくりと階段を降りていく。
市川さん・・・何してるんだろう。ちょっとだけ覗いてみたり・・・なんかして。
小さい子供の頃に誰かに悪戯をするようなワクワクした気持ちだった。ただお世話になっている人の行動を盗み見るだけだけれど、本人がそれを隠していることによってそれはえらく価値が増したようになってしまったのだ。
静かに息を殺して店まで下りる。暖簾の向こうに人影はなく、大きなウィンドーから昇ったばかりの朝日が燦燦と差込み、木の匂いがするような店内を明るく照らし始めていた。
・・・あーれー?
市川さんは、いなかった。
さっきまで沸騰していたらしいヤカンから細く湯気があがり、光にキラキラと反射している。箒やモップもおかれたままで、ここの主人である体の大きな市川さんの姿だけがなかった。