風変わりなシュガー
「うん、ちゃんと自分の部屋で寝たよ。頭冷やしてから戻ったけど、メグちゃんを起こさずに済んだみたいだね、良かった良かった」
あ、ちゃんと自分の部屋に帰ったんだ。私はホっとして、水を飲む。朝起きて市川さんが消えてしまっていたら、どうしようかと思っていたのだ。もう帰ってこないとしたらって考えていた。
「ガラス片付けてくれたんだな、ありがとう」
「あ、いえいえ、大丈夫ですー」
「それにきっと心配かけたと思うんだ」
市川さんが箒を仕舞って、私の方へと歩いてくる。
「ごめんね」
私は頷くだけにしておいた。何を言ったって、微妙にずれてしまう気がしたのだ。沈黙は美徳の母也。
さて、と言って市川さんがカウンターに入ってくる。これから朝食を作ってくれるのだろう。私は身支度を整えるために洗面所へいくことにした。
ちょっと安心した。
良かった、いつもの市川さんがここにいて。
8月の終わりで、旅行客も目に見えて減りだしている。それでもまだツーリングの団体さんはやってくるので、ランチ時にはバタバタすることもあった。
だけど虫の声が変わってきていて、風も、ほんの少しだけど変わりつつある。カレンダーはもうすぐで9月になっちゃうんだな、そう思って私は物悲しさを覚えていた。
だってここは、居心地がいいから。
私は私のままで居ても許されるから。
何の期待もされず、自己嫌悪にも陥らず。
お昼が終わって一息ついたころ、店の電話が鳴る。この店に設置してある電話は滅多にならないので、私は最初目覚まし時計か何かが鳴っているのかと思ったくらいだった。