風変わりなシュガー

 彼だけは大丈夫っていう自信があったのに。だけどそれは根拠のない自信、私の一方的な思い込みだったのだって、ある日突然気づかされてしまったのだ。彼という存在は私が何とか平常心を保つ最後の頼みの綱だった。だけどそれもあっさりと崩れ落ち、私の精神は崩壊寸前だったのだ。

 友人が皆新社会人になってそれぞれのペースで活動していた5月、私はついに逃げ出した。

 そしてやってきた。今まで来たことがなかった日本海側へ。この海辺から駅が3つほど東の、小さな田舎街に。

 うちのおばあちゃんが京都でやっている下宿屋に15年も住んでいた男の人がいて、その人が日本中を旅して歩き回り、自分が気に入った田舎街で喫茶店を始めたのが3年前。

『アンタ、そこでちょっと修行しといで』

 そうおばあちゃんが言ったの時にすぐに頷いたのは、病気になりそうだったからだった。もしかしたら既に病気だったのかもだけど、すんごく暗くて、自分でもこの世で一番嫌いな人間は自分です、って言いたい頃だった。

 じわじわと迫り来る両親からのプレッシャーと自己嫌悪に押しつぶされそうで。

 周囲の目が哀れんでいるように見え出してしまって。

 やることもなく、ただ無為に過ごす22歳の春。

 毎日が、少しずつ色を失って狂っていくのが目に見えて判るようだった。

『うん、そうする・・・』

 私は電話口でおばあちゃんにそう答えた。

 そして逃げてきたのだ。

 おばあちゃんの長年の店子であったその人、市川さんのお店に。



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