王女・ヴェロニカ
婚礼の儀、襲撃者
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 南に黒い海、他の三方を険しい山に囲まれた小さな国リーカ王国は、その日、コロン13世の婚礼の儀でわき返っていた。
 華やかに飾り付けられた首都の神殿には特別な祭壇が設えられていて、神官が神に祈りをささげている。
 その祭壇の前にはコロン13世とその正妃が優雅に座り、側室たちや、側近もずらりと並んで新しい花嫁の到着を待っている。
 花嫁行列が通る「中央通り」や「神殿前広場」には昨晩から着飾った民が押しかけて夜通し騒いでいるし、珍しいものを馬車に満載した異国の商人もやってきていて、すっかりお祭り騒ぎだ。
 だがその華やぎを、神殿から少し離れたところから見つめる人影があった。
「ねえさま……僕たちは神殿にいかなくてもいいの?」
「そろそろ行かなければいけないわね……」
 一人は、たっぷりとした栗色の髪を背に流し、エメラルドグリーンの瞳が魅力的な美女だ。
 そしてもう一人、彼女が着ているサーモンピンクのドレスの裾を握っているのは、白いセーラー服で正装した少年だ。
 服の袖や襟に金色のラインが何本も走っているのは、幼いながらも彼が軍隊を率いる立場であることを示している。
「ねえさま……。ビアンカとはもう一緒に遊んじゃいけないの?」
 姉を見上げるスカイブルーの瞳は父親と同じ色、くりっとした目の形は母親と同じだ。
「そうね……一緒に遊ぶのは難しいかも、しれないわね……」
 項垂れる弟の頭を軽く撫でて、姉——ヴェロニカは神殿を見つめて唇を噛んだ。
(このまま無事に婚儀が済んだとしても……何事もなく日々が過ぎていくとは思えないのよね……)

 ヴェロニカの緑の瞳は、父であるコロン13世から母である正妃・セレスティナへ移り、そして二人に挨拶している花嫁の両親を経由して、ドレスの裾に顔をうずめる弟へと滑って行く。
「ねえさま……あのね……」
「どうしたの?」
「……僕、なんだか怖いの……」
「大丈夫よ。あなたの事は、わたしがちゃんと守ってあげる。朝からずっとそうしてきたでしょう? これからもそうするわ」
 片手で弟の頭を撫でながら、ヴェロニカは行儀悪く窓枠に片足を乗せた。
 後が大きく膨らんだ流行のドレスの内側には、それなりに空間がある。ヴェロニカは器用にドレスの中に片手を差し入れ、そこに仕込んでいる伸縮式の棍《こん》を取り出した。
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