王女・ヴェロニカ
止まぬ魔の手
:1:

 それから数日後、セレスティナ妃は公務に出られるほどに回復していた。
 しかし、一日に何度かの休息をとるようにジュリアンが指示をだしているため、王妃は中庭やバラ園、噴水そばのベンチなどでよく休んでいる。
 今も、中庭の芝生の上に腰を下ろして休んでいる王妃をみつけたビアンカが駆けつけた。
 ビアンカは最も愛されていると噂されている王の側室だが、少しも飾ったところがなく、護衛も侍女も連れないままセレスティナのところへ飛んで行った。
 にこにこと、輝くような笑顔でセレスティナの隣に座っている。
 そしてヴェロニカは、中庭で自身が率いている軍の鍛錬に精を出していた。
 普通、王族が軍の調練に武器を携えて参加することはないのだが、ヴェロニカは愛用の棍を振り回して兵を相手にする。
 兵も心得たもので、本気で相手をする。——というか、手を抜こうものならヴェロニカに軍が全滅させられてしまう恐れがある。
 ドレスの裾を翻し髪を振り乱して兵を次々なぎ倒す王女のブーツの下から、息も絶え絶えの伍長が叫んだ。
「あっ! セレスティナさまとビアンカさまが、休憩なさっています!」
「え? どこ?」
「あちら……噴水の傍であります」
 そちらへ行きかけたヴェロニカだが、すぐに兵の方を向いた。
「でも、調練が終わってないわね」
「我らにはお構いなく! セレスティナさまに、よろしくお伝えくださいっ!」

 兵たちが合唱し、ヴェロニカは優雅にお辞儀したあと、「母様ー! ビアンカー!」と叫びながら走って行った。
「二人とも、此度は大変世話をかけました。この通り、礼を申します」
 王妃が柔らかな微笑を浮かべて、頭を下げた。
「そんな、母様! わたしは何もしていません。ビアンカがつきっきりで看病してくれたのです」
「セレスティナさま、頭を上げてください」
「知っていますよ。とても苦しかったあの夜、あなたたち二人の声が絶えず聞こえていました。そしてビアンカがたびたび飲ませてくれた甘い液体……あれが薬だったのでしょう? ヴェロニカの手の傷は、足りなくなった薬草を取りに山へ行ったから……違いますか
?」
 その通りである。ヴェロニカはドレスとおそろいのサーモンピンクの日傘をくるくる回して笑った。
「あーあ。母様にはかなわないわね、そう思わない? ビアンカ」
< 11 / 159 >

この作品をシェア

pagetop