王女・ヴェロニカ
 ヒーリアは内心ぎょっとした。幼いころ住んでいた村では、オオスナグマが出たら一斉に避難し、男たちが命がけて追い払っていた。
 それを王女は「倒す」とのたまった。それも「一人で」と。
「うまく言えないのですけれど……ビアンカもハリーも、お似合いですよね。きっとハリーと一緒ならビアンカも幸せだと思うんです。だって今、楽しそうだから。わたしの勝手な願望かもしれませんけど、きっと二人は『好きな人同士』なのでしょう? いけない気持ちだとおもって一生懸命蓋をしようとしてるけれど……それは難しいのですよね、きっと。わたしはそんな気持ちになったことがないから、わからないけど、吟遊詩人はそう歌うし、家庭教師に読まされた本にもそう書いてありました」
 きっとグーレースやフィオがこの場にいたなら、少し感動しただろう。武闘派で鳴らすヴェロニカが、他人の色恋や心の機微に目をやったのだから。
「……ビアンカの幸せのためにも、頑張らないといけないわ。でもまずは、みんなで一緒に帰る船を調達するところからはじめなくては!」

 檻が乗せられるだけの大型船の確保が、これほど難航するとは思わなかった。
「ヴェロニカさま、町を出た隣の集落へ足を伸ばしてみたいのですが……」
「心当たりがあるの?」
「はい、隣の集落にはここより大きな船溜まりがあるとか……。日が傾くころには戻って参りますが、マイクの戻りの方が早いかもしれません。アジトはこの町だそうですから」
「わかった。わたしは残りの船宿や漁師を当たってみるわ」
「しばらく単独行動をお願いしますが、くれぐれも喧嘩などなさらぬように。ビアンカさまとヒーリアさまの身辺警護も頼みます」
 深々と頭を下げてきびきび歩くグーレースを見送ったヴェロニカは不満そうな顔をした。
「異存はないけどさ、喧嘩をするな、って……。普通、変質者に気を付けろとか、掏摸《すり》に気を付けろとか……でしょー?」
 だが、グーレースの言葉が周囲を飛んでいるうちに、ヴェロニカは背負っていた棍を手にしていた。
 いつもはスカートの下に隠しているが、今着ているワインレッドのドレスは借り物、棍が素早く出せない。
 だから背に負うことにしたのだ。だが武器が丸見えなのは宜しくない。どうしたものかと思案していたら、ビアンカが大きめのストールを調達してきた。
 それを羽織って隠していたのだ。 
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