王女・ヴェロニカ
(あの男……怪しい……)
 昼間だと言うのにグレーのフードをすっぽりかぶって、人目を避けるようにして小道へ入って行く。
 一見すると旅の商人だが、その足の運びは武術をたしなんだものであり、手に持ったステッキはおそらく剣が仕込んである。
「……そっちはメインストリートと逆……エンリケ邸と酒場があるくらい……」
 咄嗟に追いかけると、男は路地の一角にある建物へ入って行く。あまり雰囲気が良いとは言えない場所だ。
 棍を軽く振ってから足を踏み入れようとして、思いとどまった。グーレースの「喧嘩をするな」を思い出したのだ。
(……一人で入るのは良くないわね……)
 それに、借り物のドレスを汚してしまっては申し訳がない。周囲を見渡せば、婦人服を売っていると思しき店があった。
「すみませーん! 黒いワンピースありますか?」

 黒いワンピースを身に纏ったヴェロニカが向かったのは、さきほどの怪しげな建物——服屋の主によると、離宮への近道兼町の破落戸《ごろつき》のたまり場らしい——ではなく、『海賊のアジト』だ。
「頼もう!」
 バン、と小料理屋のドアを勢いよく開けると、店内には武骨な男たちが何人も居た。
 煙草の煙と、散らばった武器、料理のプレート。店内の奥では中年の女性がせっせと料理を作っている。
「マイクに会わせていただきたい!」
 ざっ、と男たちが武器をとって立ち上がった。
「女、何者だ……?」
「マイクに、ヴェロニカが来たと伝えてくれればわかるわ」
「お頭を呼び捨てにするとは不届きな女だ」
「お頭を簡単に引き渡す俺らじゃねぇ……やっちまえ、女は一人だ。だが腕は立つぞ」
 じりじりと男たちが近寄ってくる。いずれ劣らぬ不敵な面構え、今にもとびかかってきそうな気配だ。
 そこでようやくヴェロニカは自分が何かおかしなことをしたことに気付いた。
「いや、ちがう、わたしは戦いに来たわけじゃないんだ」
「だったらなんだよ、その武器は!」
 ぶん、と鎖鎌が飛んできた。ふわりとかわせば、着地点で別の男が手斧を構えている。
 それを棍で防ぎ、横から突き出された棒もあわせて凪ぎ倒す。
「だからっ! マイクを呼んで!」
「呼べるか、女ぁ!」
「もうっ、この分からず屋!」
 戦闘の気配を察したのだろう、厨房の奥からマイクが顔をだした。
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