王女・ヴェロニカ
 言い終らないうちにマイクは戦闘に飛び込んでいる。剣は抜いていない。格闘術で倒すつもりらしい。
 しなやかな全身を躍動させて、的確に一撃一撃を叩きこんでいく。
(マイク、ホントはこんなに強かったんだ……! 手合せしたい、わくわくするなぁ!)
 キラキラと瞳を輝かせてマイクに魅入るヴェロニカは、だがその一方で店の奥でじっと気配を殺している男に注目していた。
 おそらく、あの男がこの店内で最も腕が立つ。そしてマイクの強さを目の当たりにしたからだろう、逃走する機会を狙っている。
「……マイク、あれが逃げる」
「いけ、ヴェロニカ。仕込み杖と腰につけた袋に気を付けろ」
 袋? とヴェロニカが首を傾げる。
「ああ。あれには何か……投げる武器が入ってる」
 こくん、と頷いたヴェロニカが滑るように男に近寄り、観念した男も仕込み杖を抜いた。
 だがヴェロニカは棍の先を下げたままだ。
「……私を尾行した者がいたのは気付いていた。だが、あんただったとは。油断した」
「一緒に来てください」
 ぴくん、とフードの肩が揺れた。
「……お話を聞きたいだけです。一緒に来てください」
「素直に同行して話すわけがないだろう? こちらも命がけなんでね」
 残念です、と呟いたヴェロニカが、棍を構えて男にぶつかって行った。それを杖で受け止めた男のフードが落ちた。
 同時に、後宮で何度も見たピエロの仮面が落ちる。
「え……あなただったの……?」
 顔をみて一瞬ヴェロニカが驚いた隙に、フードの男が飛び下がった。
「油断するな、ヴェロニカ!」
 マイクに引き寄せられたのと同時に、小石のようなものが幾つかヴェロニカの頬を掠めた。
「うっ……」
「マイク!?」
「くっ、鉄の破片か……」
 ヴェロニカは頬をおさえた。ただの掠り傷にしては傷の熱の持ち方がおかしい。
「ちっ、運のいい王女だ。始末できればと思ったが……」
 視界の端で、マイクが鉄片を腕から抜いて自分で血を吸いだしているのが映った。
 ヴェロニカの怒気が膨れ上がった。
「……力づくでも、来てもらいますから」

 後にマイクはこの時のことをこう語った。
 オオスナグマを倒すような勢いで突っ込んでいくから、建物が壊れるのではないかと心配した、と……。
 
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