王女・ヴェロニカ
 棍の連続突きを急所に喰らってさすがに床に崩れ落ちた商人をぎっちり縛り上げたヴェロニカは、マイクの傍に駆け寄った。
 壁を背に、マイクは荒い息で座り込んでいるが、今すぐ死ぬような感じではない。
「マイク、大丈夫?」
「……ヴェロニカ、顔に傷……唯一の女らしい武器が台無しじゃねぇか……」
「馬鹿っ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 解毒剤なんて持ってきてないわよ」
「俺だって……けどこの毒……ちょっと知らねぇカンジの毒だぞ……遅行性なんだろうな」
 ヴェロニカは床で恨めし気な顔をしているフードの男の首筋に短剣を突き付けた。
「あの毒はなに?」
「さぁな……」
「じゃあ聞き方を変えるわ。フィオに盛ったものと同じね?」
「あれよりずっと強力だぞ、その男は死ぬ。お前もな、王女……。これで兄上がまた天下に一歩近付く……」 
 男の鳩尾を思い切り蹴り上げて意識を刈ったヴェロニカは、マイクの傍にすぐにもどった。
「……暴行は、よくねぇな……」
「何言ってるのよ、マイク。大丈夫よ、助かるわ。さあ、この男を連れて本営に帰るわよ。徹底的に吐かせてやるんだから!」 

 本営に戻ったマイクはすぐに寝かされ、ビアンカが看病についた。
「マイク、安心して。これはリッサンカルアでよく使われる遅行性の毒です。わたくしが解毒いたします。二、三日苦しいけど頑張りましょう」
「……おう、わりぃな……」
「あなたは、ヴェロニカさまにとって大切な人。必ず助けます」
 そのヴェロニカは、例によって例のごとく、加減を全く知らない苛烈な拷問をフードの男——エンリケの弟・近衛隊第三師団長ヴェール・トート・エンリケ——にやっていた。
「お、おい、王女! それ以上やってはダメだ、死ぬぞ」
 なぜか同席したいと言ったノア王子が、檻の中から叫んだ。
「ノア王子、これぐらいじゃこの男は死にませんよ!」
「いやいや、死ぬぞ! 死なないというその根拠はどこから来るんだか……」
 はあ、と王子はこれ見よがしにため息をついた。
「王子、そのため息の意味は?」
「事情は良く知らないが、俺がここで聞いていた限り、この男は有益なことは何も吐いてないぞ」
「え?」
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