王女・ヴェロニカ
「いいか、王女。わかったことは、この男は、商人から預かった荷物を屋敷に運んでいたこと、それだけだぞ。その荷物が薬物だとは認めていないし、屋敷に運んだとは言ったが、兄に渡したとも兵に使っているとも言っていない。王女が言うことは全て否定しているぞ。暴力には恐ろしく耐性がある男のようだから、対話で吐かせることだな。それに、そろそろこの男の兄に、弟が捕まったことが知れているだろうから、何らかの接触があるに違いない」
 ノア王子はまっすぐに男を見たまま一気にしゃべった。
「あなたは……やはり王子だったのですね」
 ヴェロニカが小さくつぶやいた。
「ん? 見直したかい?」
 はい、とヴェロニカがはじめてノア王子に笑顔を向けた。
「対話のやり方を、ご教授ください」
「……ああ、いいとも」
 ノア王子も、ヴェロニカをまっすぐ見た。

 ノア王子の助言に従って、ヴェロニカはヴェールと話し合いを続けた。
 たまに激高しそうになるヴェロニカを、ノア王子が素早く制する。
(落ち着くのだ)
(……はい)
 拷問には恐ろしく耐えた男だが、「対話」となるとあっけないほど簡単に白状した。
「『白い亡霊』は薬物の名前だ。通常の薬物に、人を思い通りに操る薬と筋肉増強剤のようなものを混ぜてある。これで思いのままに操れる、最強の軍ができる」
「白い亡霊は、どのくらい使ったの?」
「さぁ……最初は、本当にごく数人だった。一小隊と数人……20人足らずだったと思う。ビアンカの婚礼までにテオフィオ王子を始末するつもりで、そのために用意した。だが、思わぬ反撃にあって兵が足らなくなって、追加で使っているうちにあっという間に人数が膨れ上がり、どんどん蔓延していって、今では……万単位の兵が我らの指示のもと動く」
「……なぜ、後宮で次々と殺戮が行われたの?」
「あれの半分は我々の予定にない殺戮だった。兄上の指示に従わない者が結構出てな……。勝手に行動してしまうんだ」
「……後宮でフィオを襲ったのは?」
「我らは、後宮の東屋で兵たちに薬物を分配していた。その現場を王子に見られてしまった。その時はマスクを忘れてな、素顔を晒していたのだ。でも王子は、こちらの顔を良く覚えていなかったようだな」
 そこまで喋ったヴェールは大きく息を吐いた。
「王女よ」
「はい」
「兄上は、恐ろしい男だ。敵の手に落ちた私も、ただでは済まないだろうな……」
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