王女・ヴェロニカ
 弟の間抜けさを呪ったが、しかし同時にエンリケは思った。
「まて、これでこの麻薬工場が我々のものだとは誰も思うまい。ピッカ一団がジャジータの町に売りに来る薬物を、我々が買い取ってしまえばいいのだ」
 仲介人が間に入る以上多少の値上がりは仕方がないし、全てを買うことなど困難だが、その分畑を広くして多く作らせれば良い。
 この計画は順調に動き出し、安定した薬物が手に入るようになって『白い亡霊』を接種した人々——これも弟は『白い亡霊』と呼びはじめた。ややこしいことこの上ないが……——急速に人数が増えた。
 ただ、ジャジータの町に薬物中毒者が蔓延する事態も招いてしまった。
「革命に犠牲はつきものです。致し方ないでしょう。なに、兄上が王になったら、一斉に処理すればよいでしょう」
(ヤツは何でもないことのように言ったが……薬物中毒は次々と犯罪を生むぞ……厄介だ……)
 エンリケは大きなため息とともに、絵地図に視線を戻した。

 (それにしても目障りな王女よ……)
 ことごとく、自分の邪魔をする。
 現在、エンリケの意のままに動く「手駒」は2万を軽く超えている。全てジャジータの町周辺に分散させて潜伏させてある。
 エンリケが一言命令を下せば、彼らは一斉に動き出す。
 ヴェロニカ軍がこの町にやってきた時は危機的状況だと思ったが、特にこの離宮を訪ねてくるわけでもなく、撤退準備を始めた。
 しかも、ヴェロニカ軍三万のうち、町の中に展開できたのはわずか五千、王子率いる傭兵部隊一万は町の外、そのほかはグーレースが別働隊として預かって町の外で野営している。
「もう待てぬ……待てぬぞ……。この町で王女を捕えて王子を呼び寄せて始末する。そのままヴェロニカ軍三万を吸収して首都へ行き、王女の命と引き換えにビアンカを正妃の座につける。これしかあるまい!」
 明日の夜、ヴェロニカ軍本営を襲う。ヴェロニカ軍本営を一万の兵で囲んで一気に攻め落とす。
 しかも、どういった成り行きかわからないが、ヴェロニカ軍にはアシェール国の王族がいるようだが、それは捕えて人質にすれば良い。
「ノア王子の領土は、どのあたりだったかな……」
 『白い亡霊』を混ぜ込んだ特注の葉巻をふかしながら、エンリケはくつくつと笑った。
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