王女・ヴェロニカ
「うーん、生ける嵐、だな……」

 当然、この騒ぎはエンリケの耳にも届いた。
「なっ、なぜだ! わたしの命令もなく攻撃するとは、薬に問題があったに違いない! ともかく、至急幹部を集めよ!」
 幹部たちは即座に応じて広間に集まった。
 エンリケは、難しい顔で一同を見渡した。
「む……?」
 使い捨てに出来る上結構な戦力になると期待して特別に招集した『ピッカ一団』と、弟の姿がない。
「奴らはどうしたのだ」
「は、それが……ピッカ一団は、王女に恨みがあるとかで、勝手に襲撃したようです」
「どうしてそれに、我がリーカの兵が同行するのだ? 命令していないぞ」
「薬物の効果がおかしな方向に出たものと思われます。後宮での襲撃に失敗した刺客どもと同じ症状です」
 火を付けたばかりの葉巻をへし折ったエンリケは、伝令の男に噛み付かんばかりの勢いで弟の所在を確かめた。
「それが……お姿がないのです。酒場へ入ったことは確認されていますが、酒場はもぬけの殻、何があったのかわかりません」
「……姿が消えた? まさか兄を裏切ったのか……? いや、それはないだろう……」
 だとしたら、殺されたか、連れ去られたか。
(まさかとは思うが……王女陣営に浚われたとしたら厄介だぞ……)
「……ピッカ一団に伝えろ。襲撃のついでに、王女の本営に我が弟が捕えられていたら始末せよ、と」
 誰かが、「そんな無茶な……!」と呟いたが、エンリケが長剣で殴りつけて黙らせた。
 エンリケの苛立ちは、日々増していく。
 長い年月をかけて練り上げてきた壮大な計画が、ぼろぼろと失敗している。
(なぜだ……なぜ思うようにならぬのだ……)
「お前たち! 近頃では薬の出来が悪いぞ! 我が意のままにならぬ兵が大勢いるではないか。精度をあげろ、流通の量を増やして兵をしっかり薬漬けにしろ」
 そんな無茶な、という雰囲気が流れたが、エンリケの一睨みでそれも消え去る。
 エンリケは、近隣諸国地図をひらいて、赤いインクで塗りつぶした国を順番に睨みつける。
「ここも、ここも……私の国だ……。偉大なる先祖から受け継ぐはずの国だ。私は小国の軍事大臣なんかで終わらぬぞ……。かつて奪われた領土を我が手に取り戻す革命であるぞ……」

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