王女・ヴェロニカ

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 その日は珍しいことに、ジャジータの町に雨が降った。
 すぐ止むかと思われた雨だが、日が落ちたころから土砂降りになり、町行く人々は布や荷物で体を覆って建物に飛び込み、通りからは人の気配が消えた。
 気温もぐんぐん下がり、本営のあちこちでくしゃみが聞こえる。
「ふえっくしゅ……」
「おや王女、風邪かい? ならばこのヴェールがひと肌であたためて進ぜよう」
「ぎゃー、来るな! うっ、げほ……」
「ほら王女、無理は良くない。邪魔なマイクが居ない今、二人の仲を……痛い! 誰だ、尻を蹴っ飛ばすのは……」
「……ヴェロニカさまは、わたくしが看病いたしますのでご心配なく。さ、ヴェロニカさま、お薬をお持ちいたしましたわ」
 ヴェールの魔の手からヴェロニカを救い出したのはビアンカ、手にはスープの入ったカップを持っている。
「ビアンカ、ありがとう……」
「ヴェロニカさま、お疲れなのですわ。これを飲んで、ゆっくり寝て下さい」
 それでも名残惜しそうなヴェールを威嚇したビアンカは、ヴェロニカを個室に押し込んだ。
「……町の巡回と軍議には出なくちゃ。マイクがアジトに戻ってるから、人手が足りないし」
 ふうっ、と息を吐きながら椅子に座るヴェロニカは、顔色が悪い。
「ヴェロニカさまの代わりは到底つとまりませんが、今日はわたくしが兵やみんなと一緒に町を巡回いたします。軍議は、発言内容をきちんとメモして参ります」
 だからどうぞお任せください、とビアンカが微笑む。
「……じゃあ、軍議はお願いしようかな……。実はすっごい眠い……」
「少し、お休みなさいませ。毛布を持ってきますわね」
 ビアンカが毛布を持ってきたとき、ヴェロニカはベッドの上で、体を小さく丸めて眠っていた。
「ヴェロニカさま、働きすぎです……」 
 それに比べて、自分は全く役に立てていない。
 それどころか——自分がいるばかりに、争いがおこっている。
 ビアンカは、色々と考えながら本営の中を歩いて回った。
 異国の側室・ヒーリアはリーカ国へ向けて荷造りしながら、グーレースと穏やかに談笑している。
 グーレースが笑っているのを見るのは、久しぶりだ。
(ヒーリアさまとノア王子がここに居るのも、そもそも、わたくしが迂闊にも浚われたから……)
 隣の広間では、ノア王子の檻が置かれている。その前では、意気投合したらしいヴェールがいる。
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