王女・ヴェロニカ
 片手に武器、片手にワイン。適当な節をつけた歌はどこまでも陽気だ。
(…・・あーもう! なるようになれ!)
「おめぇら、待てよ! 頭を置いて進軍する奴があるか!」
「お頭、ヴェロニカの姐さんは呼ばなくていいんすか?」
「ばーかっ、あいつには絶対言うな、あいつに来られると、手柄全部取られるぞ」
 陽気で強気のマイク船団が、エンリケ邸を急襲したのは更に雨が激しくなった真夜中だった。
 静まり返っていたエンリケ邸が、一気に騒がしくなった。
 怒気を露わに押し出してくる「エンリケ隊」は想像以上に人数が多い。
「よし、おめぇら、ここはいったん引け! 川に隠した船でティーラカまで退避! 追手が来たら、さらに川を下って海へ出ろ!」
 了解っす、と海賊たちはそれぞれ川へと姿を消した。
「……これで、エンリケ襲撃第一段階終了……。これでいいんだよな、ビアンカ?」
 マイクがアジトで見ていた羊皮紙の一つには、ビアンカからの手紙が含まれていた。
 ビアンカがもたらした情報をもとに、マイクはちょっとした作戦を立てたのだ。
「次に用意するものは……上等なワインと御馳走、美女……」
 エンリケ家の習慣としてどんな小さくとも戦いの後は先祖に感謝するための宴を催す——ビアンカが、そこに目をつけた。
「酔いつぶれた父さまを浚ってしまえばよいのです」
 ビアンカの思惑通りにうまく行くとは思えないが、だが、御馳走と美酒と美女が揃えば、兵の緊張は緩む。
(そこを、もう一度俺たちが叩く——!)
 ヴェロニカ軍がエンリケとぶつかる前に、少しでも兵を削っておきたい。
(俺は海賊だからな、なんでもアリだ、ヴェロニカ!)
 ヴェロニカ軍の本営は、珍しくひっそりと静まり返っていた。 
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