王女・ヴェロニカ
「ビアンカさまの御立場を考えると、侍医・ジュリアンにしか診せられぬ……」
 一度目を閉じて何かを考えていたグーレースだが、ゆっくり目をあけてハリーを見た。
「ハリーどの、ビアンカさまは移動に耐えられるでしょうかな?」
「……僕が知っている限りの薬草の知識で、体を温める薬と栄養を補給する薬を作ります。それを飲んでくだされば、移動できると思います」
 マイクが、奥の部屋から薬草が詰まった箱を持ってきた。
「ハリー、使える奴は全部使って良い。ビアンカを助けてくれ」
「はい、勿論です」
「……マイク、お前の配下で船を操ることに長けたものを何人か貸してほしい」
「師匠?」
「……一刻も早くビアンカさまを城に送り届けるには、川を一気に下ってティーラカの町へ出て、そこから伝令用の馬に乗せて陸路駆け抜けるのが早い。この濁流、ビアンカさまを運ぶのは我々軍人には不可能だが、お前たちなら……」
 グーレースが言い終らないうちに、海賊たちが口笛を吹いて手を挙げた。
「お頭の師匠さん、俺たちに任せてください! 俺たちゃこのあたりの水も陸も知り尽くしてます。最短距離で安全にお城まで届けましょう!」
「……うむ、急ぎ本営に戻り、ヴェロニカさまの許可を貰って参る」
「グーレース長官、もしお邪魔でなければ僕も一緒に行かせてください。ビアンカさまをお助けしたいのです」
 ハリーを見つめ、わかった、と頷いたグーレースは、雨の中を飛び出していった。
 何も、医者に診せるためだけに、帰路を急いだわけではない。
(……もし自害だったら……? エンリケが娘を奪い返すために兵をあげたら……?)
 ビアンカを、この町に置いておけない。

 海賊たちがビアンカを運ぶと知り、ヴェールが難色を示して激しく抵抗した。
「海賊どもがビアンカをどうにかするかもしれない。断固反対だ!」
 だが、檻の中からのんびりした声がかかった。近頃、軍議の仲間入りをしているノア王子だ。
「だったら君、ヴェールくんがリーカ兵を率いて一緒に行けばいいじゃないか。軍人である叔父が高貴な身分の姪を守るのだから、誰も文句は言わないだろう。賊が表に立った方が都合がいいこともあれば、正規軍だと押し通した方が都合がいいこともあるだろう?」
< 148 / 159 >

この作品をシェア

pagetop