王女・ヴェロニカ
棍とペン
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かつて、この近隣一帯は大きな帝国が統治していたと言われている。エンリケの先祖は、そこの君主……すなわち「王」だった。
だが、出来の悪い王が居たらしい。悪政にたまりかねた家臣が謀反を起こし、あっという間に国は内乱状態に陥り、各地の有力者が「自分こそ王だ」として立った。
それらは現在、小さな国になっている。
一帯の小国はすべて、真の王に背いた逆賊がつくった国である——エンリケは、父や祖父からそう聞かされて育ってきた。
成人して自分がエンリケ家の家督を継ぎ、戦に乗じてリーカ王国に寝返ったのは、周辺諸国でリーカ王が最も凡庸だと思ったからだ。
凡庸で好戦的な王を操ってリッサンカルアやアシェールを攻めとり、それらを支配する「真の王」になろうと思った。
その上で、娘をリーカ国の王室に送り込み子を産ませ、自分の血を分けた孫をリーカ国王にして、王室ごと自分の支配下に置こうと思っていた。
しかし、リーカ王は、思っていたほど凡庸ではなかった。
適当な地位に自分をつけて遊ばせてはくれるものの、決定的に権力に近づけはしない。
機会を窺っているうちに自分の娘はどんどん成長し、王の娘・ヴェロニカも成長する。
挙句、王子まですくすくと育っていく。なのに、リッサンカルアもアシェールも、自分のものにはなっていない。
「リーカ王家も、リッサンカルア王家も、アシェール王家も、本来なら我が家臣であるべき家なのだ!」
エンリケの叫びは、どこにも届かない。
『王旗』を掲げた王女・ヴェロニカを先頭に、「エンリケ討伐隊」がジャジータに到着したとき、ジャジータの民は大喜びだった。
エンリケ一派は「ビアンカ探し」を口実にやりたい放題だったし、それまで町を支配していた「マイク船団」が姿を消したために、ピッカ一団の残党や小悪党どもが勢いを増していたのだ。
民は小さくなって暴力に怯え、日々エンリケを憎むことでなんとか暮らしていた。
その上、先達ての大雨で川が氾濫し、町は水浸しになっていた。だが、町役場もエンリケも、助けてくれない。
討伐隊が町に入ってテントを設営するなり、武器——刀剣などはない。木の棒や鍬や包丁だ——を携えた民が、討伐軍のテントを潜った。
誰もが、エンリケへの恨みを述べる。