王女・ヴェロニカ
 処分が甘い、と批判する者もいないでもなかったが、ヴェロニカがこう言った。
「ジャジータの民は、エンリケを憎んでいるわ。それに、まだまだ薬物中毒者や悪党が蔓延っている町よ。いつ誰に襲われるかわからないわ。エンリケにとって、独房にいるよりはるかに危険よ」
 ヴェロニカの言葉に、法廷は静まり返った。
 ぐるっと一同を見渡したヴェロニカは、にっこりほほ笑んだ。そこにいるのは、暴れん坊の将軍ではない——「王女・ヴェロニカ」だった。
 威厳と美しさと強さを兼ね備えた、次期国王。
 そこにいる人々は、自然と「御意」と呟き、礼——それも、玉座にある者へ行う、臣下の礼だ——をとっていた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 強硬手段に出たのが、失敗だったのだろうか。
 エンリケは、大法廷から独房へ移される間に、己の行動を振り返っていた。
(いや、違う——私はまだ失敗などしていない……闘いに一度、負けただけだ)
 コロン一三世の治世が安定すればするほど、エンリケは焦った。先祖の悲願だった「覇権を取り戻す」ことから遠ざかって行く。
「……最大の失敗は、セレスティナ妃に死なれてしまったことだな……」
 薬物で操ろうと思っていたのに、それを拒絶したセレスティナ妃に、自害されてしまった。
 だが、一度動き出した計画は、もう止められなかった。エンリケの意を汲んだ『白い亡霊』たちが、後宮で活動を開始していたのだ。
 有力な側室は彼らが迅速に始末し、正妃になれるのはビアンカのみになった。
 だが、王はビアンカを正妃にしようとはせず、あろうことか王女・ヴェロニカに王位を譲ろうとしている。
「——戦の折りに、王女を殺せ」
 そう指令を出したのだが、思わぬところから「待った」がかかった。腹心でもある、実の弟だった。
「リッサンカルアやその他の国を落とすには、王女の戦力が有効でしょう。現在の王女なら、一人であの国を落とせます」
「……ならば、王女を新しいリッサンカルアの女王として送り込もうではないか。その上でお前が王女を妻とせよ」
 あの時に、承知、と笑った弟は、証人席にいた。彼も手を戒められていた。無罪とはいかないだろう。
 計画は、すべて狂ってしまった。
(だが、終わったわけではないのだ——) 
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