王女・ヴェロニカ

:3:


 後に『エンリケの乱』と呼ばれる今回の騒動は、その後もしばらく余波が続いた。

 まず、薬物漬けになった大量の兵を治療するための施設が必要だった。
 しかし、治療施設を用意したものの、確実な治療法がなかなか見つからず、治療は難航した。
 脱走する者、彷徨うも者が相次ぎ、警備の兵を増員しなければならなかった。
「マイクが薬物の現物を持ち帰ってくれなければ、もっと治療は困難を極めたでしょう」
 げっそりとやつれた医師ジュリアンは、マイクに頭を下げた。
 同時に、治療にあたる医者や看護スタッフも大量に必要とし、彼らが住まう場所を用意するために後宮の一部が改装された。
 大変な出費であるが、もちろん、全額王室負担である。
「ビアンカ、今日から工事で煩くなるけど大丈夫?」
「あら、ヴェロニカさま。おかげさまで、今日は随分体調が良いので、ヒーリアさまとハリーと一緒に、お庭に出てみようと思います」
 エンリケの乱で、一番傷ついたのは娘・ビアンカだった。
 父親の有罪が決まった日の夜、ビアンカは自殺を図った。
 それをたまたま助けたのは、ノア王子だった。
 彼は、マイクかコロン十三世どちらかに夜這いをかけようと思って後宮をウロウロしていたらしいのだが、彼の鼻は血のにおいをかぎつけた。
(おお!? この部屋から血のにおいがするのはおかしい……! 曲者、いや、もしや自害か……!?)
「失礼する!」
 ビアンカの部屋に飛び込み、胸に短刀を突き刺したビアンカを発見し、その場ですぐに血止めを施したため、ビアンカは一命を取り留めた。
 ノア王子からの連絡で血相を変えたヴェロニカがすっとんで来て、ビアンカに縋って大泣きした。
 挙句、何日もビアンカに張り付いていたのだが、そのおかげで国の仕事が大きく滞ってしまった。
「王女、ビアンカが心配なのはわかるがね、いちいち国の仕事を投げ出すようではこの国はお終いだ。俺が丸ごとごっそり頂戴しよう」
 威嚇する猫のように毛を逆立てて、羽ペンで王子を叩くヴェロニカだが、実際問題、仕事は山積みだ。
 そこで、ジャスミンが一計を案じた。
「ヒーリアさまとビアンカさま、同じ迎賓館で過ごしていただくのはいかがでしょう? ちょうど後宮の改装がはじまります。ビアンカさまには移動を願っていたところです」
< 156 / 159 >

この作品をシェア

pagetop