王女・ヴェロニカ
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相手——服装は多少異なるが、いつもと同じくピエロの仮面をつけた団体だ——は、思いのほかあっさり引いて行った。
「ずいぶんあっさりと引いていったわね……」
だが、王妃にも側室にもこれといった被害がなかったのは何よりだ。
「怪我人はいないわね? 母様、苦しくない? 大丈夫? ビアンカ、痛いところはない? 大丈夫?」
「ヴェロニカ、大丈夫ですよ。ありがとう」
「ああっ、ヴェロニカさま、血が出ているわ……」
「うん、嫌な刃だったな。わざと刃こぼれが作ってあった……」
(毒物が塗られてなければいいけれど……)
黒光りする不気味な刃で裂かれたドレスの袖は、やっぱり無残だ。
ビリビリと破って傷口をおさえていると、侍女の一人が目を吊り上げた。
「……ヴェロニカさま! お袖を引きちぎるとは何事ですか! 綺麗にお洗濯して付け直しますので、お渡しください」
「え、そっち!?」
と叫んだのはビアンカだ。
「あの、ヴェロニカさまの傷の手当てを! あんなに血が出て……」
侍女たちはちらりとヴェロニカの腕をみて声を揃えた。
「そんなかすり傷、舐めときゃ治ります」
ひどーい、と憤慨するベロニカをセレスティナが宥め、撤退準備が再開された。
その横で、ヴェロニカははっとした。
(……フィオ……あの子は大丈夫……?)
そう思ってフィオが暮らす宮殿を見ると、後宮付き侍女の一人、ジャスミンが転びそうになりながら駆けて来るのが目に入った。
「ジャスミン、どうしたの?」
ジャスミンはスカートを摘まんで膝を軽く折り曲げて挨拶をしたあと、恐ろしいことを告げた。
「セレスティナさま! フィオさまが倒れられました!」
「まぁ、どんな症状なの? 重いの?」
「ジュリアン医師の話だと、何か遅行性の毒を盛られたようだと……。ただいま、ジュリアン医師が必死で解毒を試みています」
ジュリアンなら間違いなく解毒してくれるだろう。しかしそれは、使われたのがこの国で流通している毒の場合だ。
(母様が盛られた毒と同じ種類かもしれない……)
同じことを思ったのだろう、ビアンカが青い顔でヴェロニカの手を握った。
「ヴェロニカさま!」
「ええ、わかっているわ。ビアンカ……母様もあなたも、またさっきの奴らに狙われるかもしれないわ。気を付けて」
「はい、ヴェロニカさまもどうか……」