王女・ヴェロニカ
 深紅のマントを翻して立ち上がる王にぴたりと付き従ったヴェロニカは、病室を出たところでスカートの中から愛用の棍を引っ張り出した。
 器用に片手でくるくると棍を回転させてから、ぴたりと腕に添わせた。
(いる……柱の陰に)
 薄いピンクのドレスが、ふわりと移動した。
 瞬間、棍が滑らかに動いて男の首筋を打ち据えていた。骨が砕ける音がした。手加減が、出来なかったのだ。
 くたくたと絨毯の上に倒れた男の手には、弓がある。それをブーツの踵で踏みつけて折ったヴェロニカは、振り向きざまに棍を投げつけた。
 ぐえっ、とくぐもった声がして、少し離れた柱の陰から、男が転がり出てきた。こちらは、手に細身の剣を持っている。
 両者とも、マスクに紺色の制服だ。
「マスクのおかげで命拾いしたようね。母と弟を付け回す首謀者の名前を、そろそろ吐いてもらいましょうか」
 ヴェロニカがマスクをはぎ取ろうとした瞬間、男の首がカクンと後ろに反れた。
「え?」
「……自害したか」
 冷たい目でマスクの男たちを見下ろした王は、遅ればせながら駆けてきた衛兵に遺体の始末を命じると、唇を噛みしめた。
「……許さぬぞ、人の命をなんだと思っておるのか……!」
 
 「あの日、二人を守っていたはずの近衛兵はどうした? 侍女はどうなった。彼らも探し出せ!」
 最愛の妃であるセレスティナを殺されて怒り狂った王の命令で全軍が動かされた。
 連日、軍議・会議が開かれ、犯人探索の指揮は王自らがとった。
 そしてヴェロニカはもちろんのこと、他の側室や子供たちも、不必要に後宮の自室から出ることを禁じられてしまった。
 だが、その三日後、後宮の中庭で二人の側室が殺され、罪のない姫たちまでも無残な姿で発見された。
「厳重な警備なのにどうして……! 犯人を必ず捕まえろ!」
 近衛長官のグーレースは憤激し、王宮内の巡回の強化、見張りの強化を命じた。
 王と王子以外の男子は原則立ち入り禁止の後宮にも特例で兵を配備した。
 これには抗議する人がいないでもなかったが、グーレースは毅然としてこう言い放った。
「犯人が、後宮の人間、或いは王宮に仕えている人間である可能性も捨てきれないので、辛抱していただきたい。後宮に魔の手、すなわち王の御命の危機」
 そう言われて嫌だと言える者など、いない。
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