王女・ヴェロニカ
 軽く屈伸をして関節をほぐし、棍の中ほどを両手で持ってぶんぶんと大きく回しながら、後宮をゆっくり一周する。これが、ヴェロニカの巡回だ。
 巡回というほどの立派なものではない。
 だが、定時巡回している兵たちと情報交換することもできるし、後宮入口に設けられた衛兵詰所で近衛長官・グーレースと話すことができた。
 何より、日々怯えているであろう弟妹の無事を確認することができるのが、一番うれしかった。
(これ以上、王宮で血を流してはいけない……)
 棍を腕に添わせた状態でゆっくり歩いていると、小さな足音がいくつもした。
「ねえさまだ!」
「ヴェロニカねえたま!」
 少しやつれたフィオを先頭に、妹たちが何人か集団で走ってくる。
「みんな、変わりはない? 大丈夫ね?」
 回廊に膝をついて妹たちを目線をあわせて順番に抱きしめていると、ドレスの裾を持ち上げて側室たちがはしってくる。
 その中には、ビアンカもいるが顔色は良くない。
 これまではそれぞれに与えられた部屋や宮殿で寵愛を競っていた彼女たちだが、近頃はなんとなく一緒に過ごしているらしい。
「後宮では減った人間も増えた人間もおりません。ただ時折、巡回の兵の足音に乱れがあるのが気になりますわ」
 黒い細身のドレスに身を包んだミラが、はきはきと答える。
「足音に乱れ、とはどういうことですか?」
「よろける気配といいましょうか……千鳥足とまではいかなくとも、まっすぐ歩けていない兵が居るようなのです」
 酒に酔っているということはないだろう。ならば、緊張の度が過ぎたか、何らかの病か。
「……そのような兵を後宮に入れるわけにはいかないので、即刻グーレースに頼んで調べてもらいます」
「ねえたま、おにわであそびたいです」
「え、お庭? 遊べていないの?」
 ヴェロニカの問いかけに、フィオが大きく頷いた。
「ねえさま、お庭に出てはいけません、ってぼくたち、言われてるの」
 ふむ、とヴェロニカは腕を組んだ。
「じゃあみんなで、後宮入口の衛兵詰所へ行ってグーレース長官を呼んで来てくれるかしら?」
 勘良く察したビアンカが、パン! と胸の前で手を叩いた。
「ヴェロニカさま、もしかして」
「うん。わたしと長官と二人で見張りをすれば、少しは遊べるでしょう?」
 ぱっと表情を明るくしたフィオたちが、パタパタと走り出した。
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