王女・ヴェロニカ
「いいわ、この状況で出来る限りやってみせる」
 グーレースは、愛剣の鞘を払った。騎士隊や陸軍の者は細身の剣をさしているが、グーレースの剣は大剣の部類に入るだろう。
 刃も分厚く、柄も太くがっしりしている。グーレース自身はそこまで大男ではないが、その大剣をしなやかに操る。
 次々と繰り出される技を、ヴェロニカは一つ一つ丁寧に防御していく。
「ほほう、王女、防戦一方ですかな」
「……ええ、今のわたしはこれしかできないわ。でも……相手を倒すことよりも、この場合は身を守ることが大事でしょう?」
「この場合、とは?」
「王の執務室に刺客が乱入した場合よ。父様を守りぬけば、或いは……フィオを守り抜ければ、それでいい」
 タタッ、と軽やかな足音がしてヴェロニカの影が伸縮し、同時にグーレースの動きが止まった。
「ヴェロニカさま……」
 ヴェロニカが、グーレースの喉元へ短剣を突き付けていた。見事にヴェロニカの勝ちである。
 ——ただし、その姿がいただけなかった。
「……勝ちはお見事……と申し上げます。ですが、スカートを脱ぎ捨てるなど言語道断ですぞっ!」
 グーレースの眉間に、皺が寄った。
「まあいいじゃないの。ちゃんとペチコートだって重ねてあるし、レースもふんだんに使ってあるから肌は見えないでしょ?」
「そういう問題ではございません! さぁ、スカートをきちんとお召しになって下さい、コルセットもクリノリンも、きちんと!」
「……グーレース、いつからわたしの侍女になったの?」
「侍女でなくとも、言いたくなります」
 形の良い太い眉を持ち上げたグーレースは、ヴェロニカの背後に回った。
「……失礼いたしますぞ」
「え、これ、つけられるの?」
「早くに妻を亡くして、娘たちが夜会に出るときはわたしが着付けを手伝っておりました」
 それを実証するかのように、手際よくコルセットとクリノリンの装着を手伝った。
 そして同時に、なかなか非情な宣言をした。
「……ヴェロニカさま、淑女らしい振る舞いを身につけていただきます」
 ぱちぱち、と。
 ヴェロニカはゆっくり瞬きをして、目の前の近衛長官をじっとみつめた。
 一本の後れ毛もなく撫でつけられた髪も、呆れるほどにぴしっと身につけられた近衛隊の制服も、いつもと変わらない。
 四角四面の大真面目な様子だ。
「……何ですかな?」
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