王女・ヴェロニカ

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 「さぁ、ヴェロニカさま、剣術の稽古はこれでおしまいです。執務机へお戻りください」
 いやだ、と拒否を示したヴェロニカは、タタタッと窓際まで走った。そしてドレスの中から引っ張り出した棍で器用に窓を開けて外へ飛び出そうとした。
 だが、易々と逃がすグーレースではない。
 俊敏に動いて、サーモンピンクのドレスの後ろについている大きなリボンをしっかりと掴んだ。
 がっくん、とヴェロニカの体が大きく揺れる。
「グーレース! どうして邪魔するの!」
「……仮にも王女の地位にある御方が、この多忙の折に執務を投げ出すと申されるか」
「うっ……直ぐに戻ってくるわよ。机に向かう仕事は嫌いなの」
「王女としての仕事を放棄なさる、それはつまり民を裏切る行為」
 ヴェロニカの綺麗な瞳がウロウロと泳ぎ、形の良い唇が引きつった。
 何か言おうとするが、グーレースの強い瞳に圧されて何も言えないまま床に足を下ろした。
「さぁ、お席にお戻りください」
「くっ……」
「棍は……そうですな、机の上に出しておいていただきましょうか」
「どうして?」
「ヴェロニカさまに武器を持たれると厄介です。そこらの兵では制圧できません」
「制圧って……わたしは『軍』じゃないわ」
「敵地に王国軍一軍を送り込むより、ヴェロニカさまお一人と精鋭の一小隊を送り込んだ方が良い、という声をご存知ですか」
 王国軍一軍はおよそ兵一万人いる。一小隊は軍の中で最小の単位、兵は十六名しかいない。
「わたしは一万人に値する働きなんてできないわよ」
 買いかぶりもいいところだわ、とヴェロニカは首を竦めたが、これが現場の指揮官たちの本音だ。
 武人・ヴェロニカとして一陣の風のように戦場を走り回って敵を倒したかと思うと、王女・ヴェロニカとして敵の陣へ乗り込んで調印式を済ませてしまう。
 ヴェロニカが出陣した戦いは敵味方の損害は最小限に抑えられ、最大の成果を挙げる。
「遠征の期間は短い方がいい。死者は少ないほうがいい。それから……使者は偉い方がいい。王女という地位にあるから、言うことを聞く輩もいる」
 そう呟いたヴェロニカは、放り出してあった羽ペンと書類を手に取った。
 だが、すぐに気が逸れるらしく、頭をかきむしったり椅子をギシギシ鳴らしてみたり、落ち着かない。
「あー、外で走りたい! 稽古がしたい! そろそろ巡回の時間じゃないの?」
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