王女・ヴェロニカ
「怖かったよね、フィオ。泣いて良いわよ?」
 だが気丈にも弟は大丈夫、と呟いてちいさな拳で目元をぬぐった。
「僕は泣きません。国を預かる者は、簡単に泣いちゃいけないの」
「それ、家庭教師のハービッグ先生の口癖ね」
「うん。ねえさまもそういわれていたの?」
「ええ、そうよ。さぁ、フィオ、立てる? 神殿まで急ぐわよ」
 だが、フィオは、ヴェロニカの手から槍を取ると、その場に投げ捨てた。
「フィオ?」
「ねえさまが武器を持っている姿を、誰かに見られてはいけないと思うの。将軍が武器を持って走っているなんて、民が心配するでしょう?」
 確かにその通りだ。フィオは、縮めて短くなった棍を、姉の手に渡した。
「いつかこれで、僕がねえさまを守ります。僕は男の子ですから」
「楽しみにしてるわ、フィオ」
「ねぇ! 僕、神殿までの近道知ってるの! こっちだよ!」
 たたっ、と元気よく走り出した弟の後を慌てて追いかけて走りながら、ヴェロニカはほっと一息ついていた。
(このわたしですら知らない道だわ……。追手が待ち伏せしている可能性はまずないわね)
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