王女・ヴェロニカ
「それでは至急、大縄と、縄を回す役の者を呼びましょうかな。まさか、王のご側室に縄を回させるわけには……そこの衛兵! ちと、手伝え」
 はい、と声がして、巡回中だった兵士たちがやってきた。やってきた兵士たちはなんと八名、グーレースの部下である近衛隊の兵士四名と、王直属の軍隊・禁軍の四名だ。
 近頃では、昼夜を問わず、常に王直属の禁軍の小隊・十六人が後宮を巡回している。
 もちろん、十六人でぞろぞろ歩くわけではなく、たいてい、四人一組で歩いている。
「お呼びでしょうか、近衛長官」
「うむ、大縄跳びを皆さまに伝授しようと思ったのだ。この王宮のどこぞに大縄はないかな」
「はて……大縄跳びとは庶民の遊びですね……・ええと、縄……あ、罪人を縛る縄なら近衛隊の詰所にあると思いますが……」
「むむ、そのようなもので純真無垢な方々を遊ばせてよいものかな……」
「問題があるようでしたら、城下の雑貨店までひとっ走りしてきますが……」
 キラキラと輝く目が、兵やグーレースを見つめている。
 そして、殺気が微かに揺れた。予想外の展開に、動揺しているのだ。
 なにせ、狭い中庭に禁軍の兵士四人と、近衛長官・グーレース、そしてヴェロニカが揃ってしまった。
 賢い刺客ならば、無理をせずに引いただろう。それを期待して、グーレースとヴェロニカは衛兵たちを庭へ招き入れた。
 だが、刺客は余程腕に自信があるのか、功を焦ったか、ツツジの生垣の中から姿を現した。
 近衛隊の制服を着ているが、顔色が悪く、頬はこけて目が虚ろだ。
(うむ、薬物か……)
(わたしが始末します)
(ヴェロニカさま、お気を付けて……)
 グーレースとヴェロニカが目線を交わらせたとき、王子が近衛隊の一人の腕に飛びついてこう叫んだ。
「ね、縄を買いにお店に行きましょう! 僕も連れて行って!」
 困ったような顔をした近衛兵だが、彼らもまた、中庭の奥の刺客に気付いている。
「では皆さまでお買い物に参りましょう。自分がご案内いたします。ヴェロニカさま、よろしいでしょうか?」
 きゃあきゃあと喜ぶ子供たちと側室を囲むように、近衛兵が配置につく。
「いいんじゃない? わたしは、このあたりの小石や小枝をどけて、地面を綺麗にしておくわね。みんな、いってらっしゃい。気を付けてね!」
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