王女・ヴェロニカ
白い亡霊
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 その翌日、王の補佐官として、また現在空位となっている正妃の代理として忙しく働くヴェロニカのもとへ、後宮付き侍女・ジャスミンが足早にやってきた。
「ジャスミン、執務室へ来るなんて珍しいわね。どうしたの?」
「お耳に入れておきたいことがございます」
「なに?」
 書類を捲る手を止めたヴェロニカが見たジャスミンは、いつもと同じく無表情だ。
 だが、きちんと揃えられた手が、カタカタと震えている。
「……ここ数日、テオフィオさまが夜、寝室を抜け出していらっしゃいます」
「え?」
「勝手に後をつさせていただきましたら、後宮の中庭にある東屋が目的地のようです」
「だれかとデート……するには幼すぎるわね……」
「誰かを探しているご様子でした。少し気になりましたので……」
「ありがとう、ジャスミン。わたしからフィオに聞いてみるわ」
 ジャスミンは優雅に挨拶をして、軽やかな身のこなしで去っていく。
「……父様」
「なんだ?」
「ジャスミンを、わたし専属の侍女に召し上げても良いですか?」
「好きにしろ」
「念のためお伺いしますが」
「お前の弟妹が生まれる心配は皆無だ」
「ありがとうございます」
 父は、机の引き出しから一枚の書類を取り出してささっとサインをした。
 それに今度はヴェロニカがサインをして、控えている事務官に渡す。その書類は隣の部屋の大臣たちのもとへ届けられ、形だけでも審議されるのだ
「……ヴェロニカ、もし、王位を継承せよといったら女王になってくれるか?」
「わたしで良いのならば、いつでも」
 さらっと言ってのけた娘を、王はじっと見つめた。ヴェロニカは書類にサインする手を止めることなく言葉を続ける。
「父上が退位したあと、フィオが一人前になるまでの繋ぎが欲しいのでしょう? 万が一に備えて、わたしを後継に指名しておけばフィオは多少なりとも安全」
「……やってくれるか」
「けれど、フィオが一人前になるまでこのまま玉座にしっかりしがみついてくれれば問題はないと思うのだけれど」
「しがみつきたくても、老いにはかなわぬ」
「それに、逆臣に殺されるかもしれないものね?」
「奴が玉座についてみろ、あっという間にこの国は潰れるぞ。あれは国を動かせる男ではない。民のことなど考えたこともあるまい」
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