王女・ヴェロニカ

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 しかめっ面のヴェロニカが扇子を握りしめて向かったのは、王宮の本殿地下通路を通った先にある、特殊独房だった。
 この独房の存在は一部の人間しか知らない。昔から、政治犯や他国のスパイたちを閉じ込めていたと聞いている。
 そういう独房があることは、陸軍総裁になったときに王から聞かされていたが、訪れるのは初めてだ。
 やたら重たい石の扉を押しあけると、洞窟を利用して作られたと思われる独房が三つ、現れた。
 その一番手前の独房で、人が動く気配がする。
 見張りの兵などはいない。ここから簡単に逃げ出せるとは到底思えない。見張りはいらないのだろう。
「特殊独房というから……暗くてじめじめしたところだと思っていた……」
 大きくくりぬかれた窓にはガラスがはめ込まれ、太陽の光が降り注いでいる。その上、テーブルやイス、ベッド、本棚まで備え付けてある。
 奥の仕切りの向こうはおそらく、バスルームだ。
 そこだけ見ると、快適な小部屋だ。
 だが、それらの調度品はうっすらと埃をかぶり、すぐそばには大きな鉄制の十字架が設置されている。
 その十字架には太い鎖が幾重にも巻きつき、手錠や足枷もついている。それらの所々が変色しているのは、そこで人の血が流れたからだろう。
 さすがに呆然と立ち尽くすヴェロニカの目の前で、一人の男が十字架に戒められた。既にさんざん拷問を受けたのだろうことは、一目見てわかる。
 男の周囲を固めている兵たちは、王直属の軍である禁軍の兵士だったり、近衛隊の制服だったり、陸軍の者もいたり、実にさまざまだ。
 所属している軍に関係なく優秀な人材を集めているのだろう。
「ヴェロニカさま、直々に尋問されますか?」
「いいの?」
「はい。グーレース長官より、ヴェロニカさまに全て任せるように言われております」
 微かに頷いたヴェロニカは、俯く男の顎を掴んで上を向かせた。
「……お前は……」
 間違いない。中庭に潜んでいたあの刺客だ。捕えた時よりそんなに時間は経っていないが、さらに頬の肉はこそげ落ち、目ばかりがギョロギョロと動く。
 刺客の目玉が、グルグルと回転した。
(……こいつ……とっくに正気だ……!)
 ザワッとヴェロニカの血が騒いだ。
 ヴェロニカは拳をかためると、立て続けに刺客を殴りつけた。だが、手がじーんと痺れる。
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