王女・ヴェロニカ
 今度は手にした扇子で刺客の口元をいきなり殴りつけた。血が飛び、歯が飛んだ。
 呆けた表情だった刺客の顔に、一瞬驚きの表情が浮かんだ。
「……貴様が知っていることを洗いざらい吐け。貴様がとっくに正気を取り戻していること、見抜けぬヴェロニカと思ったか」
 男の顎を掴んだヴェロニカは、険しい顔で叫んだ。
「ジュリアンをここへ呼べ。この男の歯を全て抜く。そして、手足の腱を全て切断、二度と自力で動けぬようにしろ」
 にやり、と刺客が引きつったような笑いを浮かべた。
「……我らの頭領は、お前ら愚鈍な王族が考えている以上に、大きいことを考えていらっしゃる」
「頭領とは誰だ。誰であれ、兵を死なせ、罪もない側室と幼い子供を殺し、王子や王妃を狙っていいわけがない」
 ドスッと鈍い音がした。鳩尾にヴェロニカの膝が入っている。
「げぇぇっ……」
「目的は何だ? 玉座か、国か、金か! 組織の規模はどのくらいだ、知っていることは全て吐け!」
「わ、わかった……おれはあんたが好きだ。大好きなビアンカさまの一番の友達でもある。だから特別に一つおしえてやる」
 兵士の一人が、そっとヴェロニカの肩に手を置いた。
「我らの頭領は、おれら下っ端には何も計画を話してくださらない。おれらは、ある日届く命令に従って動くだけなんだ」
「そんな馬鹿な話があるか!」
 ヴェロニカは再び男の顔を扇子で打ち、足を振り上げて男の顔面を蹴りあげた。スカートが派手にめくれあがり、形の良い脚がむき出しになる。
 これには、周囲の兵ももちろん、蹴られた方も、驚いた。
「うわーっ、ヴェロニカさま! ドレスで蹴り技はいかがなものかと……」
「……問題ある?」
「ふ、不敬罪にあたるかと……」
「そんなもの、とっくに廃止してるわよ! 知ってることを洗いざらい吐け! あんたが喋れば、助かる命があるんだから!」
「無理……」
「お前らは、母様とフィオとビアンカを狙った。次はだれを狙うの?」
「知らない!」
 再びヴェロニカの華麗な回し蹴りがさく裂した。ばさばさとスカートが宙を舞い、兵たちが一斉に俯いた。
「兵もたくさん死んだ。誰が殺したの? それも頭領の命令だったの? まだ殺すつもり?」
「知らないんだよ、本当に。でも……つえぇな、王女さま。おれも、ずっとあんたの部下でいればよかったのかな」
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