王女・ヴェロニカ
「『白い亡霊』の奴らは頭領の言うことを無条件で聞く。でも最近、勝手なことをして勝手に死んでいく奴が続出だ。誰が初期の『白い
亡霊』なのか、あとから加わった『白い亡霊』なのか、きっと誰も把握できていないだろう。……ああ、兵や手駒の意志を尊重しないのが、エンリケさまの一番悪いところだ……ちくしょう……おれも、
ジョアンも、ミラーもマルコも……みんなみんな、捨て駒だったんだ……」
 ちくしょう、ちくしょう、と繰り返した男は、突然カクンと意識を失った。
 そういう訓練を受けているのか、本当にヴェロニカの拷問に耐えられなかったのか。
「こら、起きろ、寝ていいとは言っていない! さっぱりわからないぞ、『白い亡霊』とはなんだ?」
 扇子を振り上げ、二度、三度と打つが、血が噴き出すだけで男は目を覚まさない。
 更に振り上げたヴェロニカの腕を、細い手が掴んだ。
「それ以上殴ってはいけません。死んでしまいます。それとも、この男を殺したいのですか?」
「ジュリアン……わたしはこの男が憎い」
「……王女、あなたが憎むべきはこの男ではないでしょう?」
 くそがっ、と王女らしからぬ単語を吐いて投げつけられた扇子は、鈍い音を立てて石畳の床に突き立った。
「……やはり鉄扇でしたか」
 少しのことでは驚かないジュリアンが、両手で拾い上げた扇をしげしげと眺めてため息をついた。
「乱暴に扱うと、腕を痛めますよ。はい、淑女らしく持っていて下さい」
 ジュリアンは手早く男に治療を施していく。血止めの薬を塗り包帯を巻き、折れた個所に添え木をする。
 その間にヴェロニカは手近なカップにあった水を頭からかぶり、パンッ! と頬を叩いた。
「ヴェロニカさま、これは医師団の憶測でしかないのですが聞いていただけますか?」
「うん」
「薬物中毒になった人間が、多数いると思われます。『白い亡霊』というのは……今のこの男の話から推測するに、頭領に忠誠を誓う人々の集団の名称のようでもありますが、頭領が、薬物中毒になっ
ている人間をそう呼んでいるのではないかと……。斬られた兵の遺体から検出された薬物を調べていますが、とても奇妙な薬です。人を操り人形にしてしまうのでは……?」
 そんな薬物が存在するのだろうか。ジュリアンは大きなため息をついた。
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