王女・ヴェロニカ

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 独房から出たヴェロニカは、血まみれのサーモンピンクのドレスの裾を翻して、大股で歩いていた。
 考えれば考えるほど、頭が混乱し、同時にエンリケに対する憎しみが湧いてくる。
(どこかで考えを纏めなきゃ……)
 周囲を見渡せばいつの間にか日は落ちて、あたりの蝋燭や松明に火がともされている。
 夕闇の中、返り血を浴びた姿のままで王宮の表宮殿を闊歩してしまったものだから、道行く人がぎょっとして道をあける。
「ヴェロニカさま! まって、まって! どこかお怪我を……? って……なぜずぶ濡れなの?」
 タタタッと軽やからな足音がして、血相を変えたビアンカが追いかけて来ていた。
「……あ、ビアンカ! 大丈夫よ、これはわたしの血じゃないし、ずぶ濡れなのは……ちょっとコップの水をかぶっただけ……」
 きょとん、としたビアンカだが、すぐにヴェロニカの体を総点検した。
「ああ、よかった……。ヴェロニカさまにまで何かあったら……」
「大丈夫、わたしは武術の達人よ。歴戦の猛者よ、知ってるでしょう? そこらの刺客には負けないわ」 
 スカートの中から棍を引き抜いて大きく回して見せると、ビアンカが微かに笑った。
「わたくしにも、ヴェロニカさまのような強さがあったら……」
「何言ってるのよ、ビアンカは十分強い。後宮で、フィオや妹たちを守ってくれてるんだから」
 ビアンカが時々、ご機嫌伺いと称して花束を持って他の側室たちの部屋を尋ねている。
 最初は警戒していた側室たちも、今ではビアンカを部屋に招き入れて雑談をしたりお茶をしたりしているらしい。
「フィオは元気にしてる? 今日はまだあっていないの」
「……その、ちょっとした勘でしかないのですけれど……何か秘密を抱えていらっしゃるみたいで……なにか話そうと口を開くけど決心がつかないと言うか、迷っていると言うか……」
 ふーむ、とヴェロニカは唸った。おそらく、フィオが抱えている秘密というのは、ジャスミンが知らせてきた「夜の徘徊」だろう。
(大の仲良しのビアンカにも言っていないとなると、もしかしたら重要なことなのかも……?) 
 ふいにビアンカの瞳が大きく揺れた。
 その視線の先には、軍事大臣であるラロ・サジャス・エンリケと、近衛隊第三師団を率いているヴェール・トート・エンリケ——ラロ
の弟だ——がいる。
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