王女・ヴェロニカ

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 中庭を囲んでいる回廊の、屋根や壁際をこそこそと走りはじめてしばらく、規則正しい足音が後から響いてきた。
 兵ではない。兵よりずっと軽装だ。
 そして何か装飾具を付けているのだろう、カチャカチャと金属音がする。
(……エンリケの手の者でもない……)
「……不審者、成敗! ここをどこだと心得る!」
 振り向きざまに棍を相手の肩口に落とした。だが相手はそれを軽やかにかわす。
「なにっ!?」
 即座に間合いを取り、防御の姿勢に入る。すると、笑いを含んだ声が柱の陰から響いてきた。
「……相変わらず恐ろしい女だなー。こんなのが王女で大丈夫なのかよ、この国は」
「……師匠!?」
「マイクでいいって。数少ないお前の幼馴染なんだぜ、気楽にいこうぜ」
 胸をポンと叩いた若い男は、日に焼けた顔に人懐っこい笑みを浮かべている。
 短く刈り上げた髪はかつては金髪だったはずだが、赤く染められ、額には黒いバンダナが巻いてある。どちらも野性味あふれる彼に、良く似合っている。
 だが、ヴェロニカの眼は違うところで止まった。
 白い上着の背にはドクロのマークが刺繍してあり、腰には細身の剣、パンツもブーツも黒革、耳や腰や手につけた装飾品は銀製品。
(……手配書にあった『近海を荒らしまわる凄腕の海賊』ってマイクのことだったんだ……)
 そう思ったのが顔に出てしまったに違いない。
「かっ、海賊じゃないぞ! 確かに俺はずっと海の上にいる。でも俺たちは、冒険も護衛もなんでもする、貿易船だ。貿易船だからな、間違えるなよ!」
 慌てたようにマイクがまくしたてるが、逆効果だ。ヴェロニカの緑の瞳がすっと細められた。
「マイク……何を運んでいるの? それが問題よ」
「……商品だ! こっちで仕入れてあっちで売るんだ!」
 それはそうだろう。文句あるか、とばかりに胸を張られて、ヴェロニカは怒る気を削がれてしまった。
「……いいわ、ここは海の上じゃないし、わたしは逮捕する権限、持ってないしね……」
 ありがたきお言葉、と、マイクはおどけた様に膝を折って挨拶をしてみせた。
「で? お袋さんが殺されたんだってな。海の上でも、他国の奴らも黙とうしてたぜ」
「……良く、知ってるわね……」
「もっと荒れてるかと思ったけど……思いのほか元気そうで安心した」
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