王女・ヴェロニカ
 マイクと呼ばれた男は、ヴェロニカの手から棍をあっさり取り上げ、自分がぶんぶん振り回し始めた。
 ヴェロニカが使うよりも速く、不規則でしなやかな動きだ。
 演武というより演舞のようだが、その一打、一振りはヴェロニカの渾身の一撃に等しい。
「大方、正妃を殺して自分の娘を正妃の位におしやって、生まれた男子を次期国王にして、自分の思い通りに国を操ろう、そんなところだろ……」
 ヴェロニカの返事を待つことなく、マイクは淡々と話し続ける。その間も、棍の動きは滞ることはなく、かえって勢いを増している。
「娘よりも若い女が後宮に側室として入って、一年と経たないうちに正妃が殺され、王子も狙われた……こういう場合、黒幕は側室の親だと、相場は決まっている」
 それだけなら、薬物で兵士を操る必要はない。『白い亡霊』がやはり、謎だ。
「その……黒幕の狙いは何か他にもありそうな気がする……」
 ヴェロニカが思わず呟いた瞬間、マイクが棍を止めて片手をあげた。
「……おい、ここの宮殿は、暗くなってからの王子の独り歩きが許されてるのか?」
「まさか!」
「あれ」
 マイクの視線の先では、フィオが一人でトコトコと走っている。
「……追いかけなきゃ!」
 マイクの手元から緩やかな弧を描いて飛んできた棍を握りしめて、ヴェロニカは駆けだした。
 だが、いつもの裾が大きく膨らんだドレスではないため、それほど足が自由に動かない。
「……えいっ!」
 がばっ、と裾を捲り上げると、後ろでマイクが盛大に笑いだした。
「やると思った。潔いなー。けど年頃の娘がする行動じゃねぇだろ!」
「今は一大事よ、そんなことを言っている場合ではないでしょ!」
 必死で走るそのすぐ後ろを、気配もなくマイクが続くが、ヴェロニカは全く気にする風もない。
「師匠……王宮へ戻ってくれない? 今は一人でも戦力が欲しい。傍にいて欲しい」
「……お前もそれをいうか」
「ん?」
「……親父さんに挨拶に行ったら、親父さんと、グーレース師匠と、ビアンカと、お前に良く似た侍女、一斉に囲まれて説得された」

 多少ニュアンスが違ったけどな、とマイクは苦笑した。
(フィオ! どこへ行くの……?)
 フィオは、小さい声で
「おかあさま……ママ、どこ……? テオフィオです。出て来てください……」
 と、呼んでいる。だが、母らしき人影はみあたらない。
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