王女・ヴェロニカ
「あ、ママ……! 今日はそっち……すぐにいくから、まって、まって……」
 元気よく走り出すフィオを追いかけるが、やはり母の姿はない。だが突然、フィオが足を止めた。
「え、あ、あの、ここで何してるんですか……?」
 ヴェロニカの位置からでは、フィオが誰と会話をしているのかわからない。
 だが、フィオは突然くるりと向きをかえて、いま来たばかりの道を、走り出した。ヴェロニカの耳にはフィオが、助けて、と言っているのが届いた。
 ヴェロニカが叫ぶより早く、マイクが飛び出していた。
「てめぇ! なにしてやがる!」
 マイクの怒号が響き、ヴェロニカつけたときには、細身の剣を手にした男がマイクに蹴り倒されていた。
 薄暗い廊下の奥に、ぼうっと白く浮かび上がるものが何人か走り去った。
 ——あれは近衛隊の兵士だ。
「マイク、その男捕まえて」
「おう、幼い王子に斬りかかる奴の面、拝ませてもらうぜ」
 倒れた兵に手を伸ばしかけたマイクだが、はっとしたように手をひっこめ、近くで呆然としていたフィオを抱えてその場から離れた。
 瞬間、ドン! と爆発音がした。同時に漂う、火薬のにおいと血のにおい。
「な、なに……?」
「ヴェロニカ、止まれ、見るな、下がれ!」
 ヴェロニカの足は、マイクの指示に即座に従った。
 だが、一瞬見えた。見てしまった。変わり果てた兵士の姿を。
(……歯に仕込まれた火薬って……こういうことか……)
 その凄惨な光景は、幾度も戦場に出て敵兵を殺してきたヴェロニカに、ショックを与えた。
 いや、そのヴェロニカが「師」と仰ぐ男・マイクも、衝撃をうけていた。
(なんだ、これは……俺が知っているリーカ王国はこんなんじゃねぇぞ……)
(フィオは……誰をみたの……?)
 そんな二人を日常へ引き戻したのは、幼い声だった。
「あの、マイクにいさまでしょう……?」
「あ? フィオ、俺を覚えてんのか……?」
「はい。ねえさまの、武術のお師匠さまでしょう? しょっちゅう手合せしていたのを見ていました。僕たちのところへ戻ってきてくれたの?」
「……今日中に船に戻るつもりだったんだけど……フィオ、お前は警護が必要だ。俺がついてやる」
 やった、とフィオがマイクに抱き着いた。
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