王女・ヴェロニカ
あまりに手柄をあげすぎたため、「血まみれ女将軍・ヴェロニカ」という結婚前の女性にとってあまり有難くない呼び名がついてしまった。
「お! あの貴賓席の中央で豪快に酒を煽っている王子、腕っぷしが強そうだ。どうだろう?」
「だめです、父上。あの王子のお国は、ねえさまが次に落とす予定です」
「……セレスティナ、ヴェロニカをいい加減に軍から外せ」
「どなたさまでしたかしら、王女に永久陸軍総裁を授けたのは」
両親のやりとりを聞き流しながら、ヴェロニカは油断なく周囲を見張っている。
(いまのところ、怪しい動きはないわね……)
「……ヴェロニカ」
「はい、何でしょうか、母さま」
「臨席が遅くなった理由は何ですか?」
「……朝からフィオが何度も襲われました。濃紺の制服とピエロの仮面をつけた集団に」
ぎりっ、と王が歯噛みした。
「……野望に満ち溢れすぎた男も困ったものだ。まだ若い娘を差し出すだけでは満足できずに、王子を襲うとは行き過ぎであるぞ……」
六十歳に近い王の側室に加わるのは、ヴェロニカより更に若い、一八歳の少女——ビアンカだ。
豪華な輿に乗った花嫁が、近づいてくる。強い花の香りと賑やかな音楽に、フィオが顔をしかめる。
「ビアンカ……僕のお友達だったのに……」
お友達、という表現は正しくない。ビアンカはフィオが生まれた時から傍にいる侍女だったのだ。
年配の侍女・乳母が多い中で、最も若く明るいビアンカは、フィオにとっていい遊び相手であり、ヴェロニカとも茶飲み友達だった。
「フィオ、これからも彼女と仲良くするが良いぞ!」
そういって立ち上がった王は、背筋を伸ばして新しい花嫁を迎えた。
「ビアンカ。そなたの部屋を後宮の南棟に用意する」
「ありがとうございます」
白いレースのベール越しに王を見上げるビアンカは、象牙色の肌に艶やかな黒い髪をしている美少女だ。
金髪碧眼が主流のこの地では、珍しい容貌だ。
そして、彼女の大きな茶色の瞳には涙が浮かんでいる。喜びの涙——ではないことは、誰もが知っている。
「お! あの貴賓席の中央で豪快に酒を煽っている王子、腕っぷしが強そうだ。どうだろう?」
「だめです、父上。あの王子のお国は、ねえさまが次に落とす予定です」
「……セレスティナ、ヴェロニカをいい加減に軍から外せ」
「どなたさまでしたかしら、王女に永久陸軍総裁を授けたのは」
両親のやりとりを聞き流しながら、ヴェロニカは油断なく周囲を見張っている。
(いまのところ、怪しい動きはないわね……)
「……ヴェロニカ」
「はい、何でしょうか、母さま」
「臨席が遅くなった理由は何ですか?」
「……朝からフィオが何度も襲われました。濃紺の制服とピエロの仮面をつけた集団に」
ぎりっ、と王が歯噛みした。
「……野望に満ち溢れすぎた男も困ったものだ。まだ若い娘を差し出すだけでは満足できずに、王子を襲うとは行き過ぎであるぞ……」
六十歳に近い王の側室に加わるのは、ヴェロニカより更に若い、一八歳の少女——ビアンカだ。
豪華な輿に乗った花嫁が、近づいてくる。強い花の香りと賑やかな音楽に、フィオが顔をしかめる。
「ビアンカ……僕のお友達だったのに……」
お友達、という表現は正しくない。ビアンカはフィオが生まれた時から傍にいる侍女だったのだ。
年配の侍女・乳母が多い中で、最も若く明るいビアンカは、フィオにとっていい遊び相手であり、ヴェロニカとも茶飲み友達だった。
「フィオ、これからも彼女と仲良くするが良いぞ!」
そういって立ち上がった王は、背筋を伸ばして新しい花嫁を迎えた。
「ビアンカ。そなたの部屋を後宮の南棟に用意する」
「ありがとうございます」
白いレースのベール越しに王を見上げるビアンカは、象牙色の肌に艶やかな黒い髪をしている美少女だ。
金髪碧眼が主流のこの地では、珍しい容貌だ。
そして、彼女の大きな茶色の瞳には涙が浮かんでいる。喜びの涙——ではないことは、誰もが知っている。