王女・ヴェロニカ
「あ、でも……ジャスミン、箒と塵取りもってきて。あと、ガラス張り替えの業者も手配しないとね。いっそのこと、強化ガラスにしようか。あ、フィオ、近寄っちゃだめよ、危ないからね。マイク、フィオと父様を後宮まで送ってくれる?」
 てきぱきと働く姉のドレスを、フィオがクイクイと引っ張った。
「フィオ、どうしたの?」
「その人……本当にお風呂をのぞきにきた、変態さんなのでしょうか?」
「え?」
「……お風呂をのぞくなら、わざわざ王宮へ来なくてもいいですよね? 王族フェチならともかく、普通、好きな子とか近所の美人とか……」
「……それはそうだけど……ってフィオ、あなたどこでそんな言葉を覚えたの」
「え? ぼくのお世話をしてくれる人たちから聞きました」
 ジャスミンの目がキリキリと吊り上った。
「で? フィオ、それがどうかしたの?」
「あ、はい。その……お風呂だったら、ほとんどなにも身につけていないからお顔がわかりますよね……? 誰か探していたのかな……」
 たとえばぼくとか……と、小さな声が震えた。
 思わずヴェロニカがフィオを抱き寄せた時、ノックもなしに、乱暴に執務室の扉が開けられた。
「王! 失礼する! 娘が消え……」
 挨拶もなく部屋に押し入った男は、ひっ、と掠れた声をあげた。
 なにせ、ジャスミンの短剣とヴェロニカの棍が喉元をピタリと狙い、マイクの蹴りが顎すれすれに止められているのだ。
「あ、これはラロ・サジャス・エンリケ軍事大臣! 失礼いたしました」
 ジャスミンがさっと短剣をおさめて床に平伏し、ヴェロニカも棍をおさめた。だが、マイクは険しい顔をしたまま、足を動かさない。
 エンリケも、マイクに視線を突き立てたまま、動かない。
「……賊じゃねぇのか?」
「……この奇妙な男は誰だ? 見かけぬ顔だが……」
「わたしの武術の師匠です」
「師匠? 王女とさほど歳が変わらぬように見えるが?」
 そうですね、とヴェロニカが、にっこりと微笑んで見せた。
「この若さで、凄腕です。わたしが是と言えば、即座にあなたを蹴り殺してしまうほどに」
「ほう? 有名な武術家か、もしくは凄腕の殺し屋か……」
 ザワッとヴェロニカが殺気だった。だがそれを制したのは王だった。片手を挙げただけで、その場の空気が一変した。
 それに真っ先に反応したのはフィオだった。背筋をピッと伸ばし、即座に王子の顔になった。
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