王女・ヴェロニカ

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 そう宣言したエンリケの行動は、実に素早かった。
「王の寵愛を一身に受ける我が娘ビアンカが敵国に浚われた! ビアンカを取り戻すため出陣することを、王がお許し下さった。我は明朝、敵国へ向けて出発する!」
 兵舎の前や、王宮前広場でエンリケが大袈裟な身振り手振りを交えて叫ぶ。すると、我も我も、と兵が続々と集まってきた。
 だがエンリケは、「一緒に行ってくれ」というわけでもなく、兵の出陣を促すわけでもない。
「……側室を助けるために、ここまで兵が集まるものであるかな……? これは少し、異様なことだぞ」
 バルコニーからその様子を眺めていた王が、ポツンと呟いた。
「しかし父上、ビアンカは兵からも民から好かれていますし、父親はあのエンリケです。これくらい集まっても不思議はないと思います」
「いや、集まり過ぎだ。ヴェロニカ、よく見てみなさい。何か、違和感を覚えないかね?」
 この国には、軍は三種類ある。
 一つ目は、王族のすぐそばに仕えて、警備・警護を主な仕事とする『近衛隊』だ。
 彼らは王宮だけでなく市街地や国内にいくつかある離宮の警護も仕事としている。そのうえ、制服がかっこいいので、国民が憧れる職業でもある。
 その数は、騎兵五千、歩兵五千、合わせて一万人ほどがいる。
 二つ目は、主戦力と言ってもいい『陸軍』だ。これは常時三万が待機し、いつでも戦えるように用意が出来ている。
 三つ目は、王が直々に指揮する『禁軍』がある。これは王の命令でのみ動く軍で、『陸軍と同等の兵力』を置くことが義務付けられている。
 このほかに、王族や大臣の多くは『私兵』を持っているし、民で構成された『傭兵部隊』もある。
「ヴェロニカ、なぜ禁軍兵士がエンリケに従うのだ。近衛隊は国外での活動は許されていない。それなのになぜ従う?」
「おかしい……。では、わたしが早急に調べてみます」
「まあ、まて。事の次第を見届けようではないか。奴の性格からいって、ビアンカは殺されはしないだろうしな……」
「奴? わかるのですか?」
「ああ、ノア王子とは長い付き合いだ。ビアンカは奴の好みのタイプではないから扱いは粗雑だろうが……。しかしビアンカは今頃、面喰っているだろうな。可哀そうに」
 王が、微笑とも苦笑ともつかぬ顔をした。
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