王女・ヴェロニカ
 そうこう話している間に、兵はどんどん集まり、「近衛隊第三騎兵師団」——率いているのは、エンリケの実弟であるヴェール・トート・エンリケだ——もきている。
「ビアンカを救え! 敵国に天誅を! いざ、出陣!」
 ヴェールが剣を抜き放ち叫び、馬を走らせると、興奮した面持ちの兵が続く。
「……あれでは隣国についたころには、兵は疲弊して使えないわよ」
「ヴェロニカさま、列の後ろ半分をご覧ください。あれが薬漬けにされた『白い亡霊』ではないでしょうか?」
 ゆらゆらと、不規則に揺れる男たちは、いずれも顔色が悪く、目が虚ろだ。
 結構な人数が、いる。
 彼らが実戦でどれほどの戦力になるのかわからないが、「エンリケの命令で動く兵士」があちこちにいることが、問題だ。
「ヴェロニカ、焦ってはならぬ。まだ動くな」
 父に言われ、ヴェロニカは拳をぎゅっと握ってエンリケの背中を睨み続けた。

 「そういえば……陛下は隣国の王子と親しいのですか?」
 ジャスミンが控えめに尋ねると、王は一瞬遠くを見つめた後、頷いた。
「いまだに、熱烈なラブレターが届くほどには、親しいぞ」
「ええっ!? それは、何か……国家的な戦略ではないのですか?」
 どんな時も沈着冷静なジャスミンが、珍しく取り乱した。
「そう思って、あれこれ調べた。だがどうやら本当に口説いているらしく、寝所に引っ張り込まれて押し倒されたことも何度もあるぞ」
 グーレース以外の全員が、ぽかーんと目と口を丸くした。
「奴は、体格の良い男や、胸が大きな美熟女が好みなのだそうだ。あの国は多重婚を認めているから、こちらに妻子があろうが玉座にあろうが、問題ないそうだ」
 父親の突然の告白に、ヴェロニカが真っ青になった。
「ととととと、父様、もしかして……やられちゃったの? いや、やっちゃったの?」
「進退窮まったところでセレスティナが飛んで来てくれるのでな、いつも事なきを得ていた」
 ほーっ、と一同が安堵のため息を漏らしたのだが、父王の衝撃的な発言はまだ続く。
「だがな……。いつだったかな、奴はセレスティナに飛びかかり、あろうことかドレスの胸元を押し開いて乳を揉んだことがあった」
 その場を、怒りと驚きが満たし、チャキッと金属音がした。音の方を見れば、マイクが愛剣を検めている。
「誰も止めるなよ、その変態をちょっと斬ってくる。無礼にもほどがあるだろ……」
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