王女・ヴェロニカ
「まて、マイク。食われるぞ、覚悟はしておけ」
「グーレース師匠、剣の腕で俺が負けるとでも?」
「違う、そうではない。ほどよく筋肉がついた美青年はノア王子の一番の好みだ。ベッドに組み敷かれたお前は、王子が飽きるまで喘ぐことになるだろう。その覚悟はあるか?」
 うーん、とマイクは天井を睨んだ。
「……俺の手練手管でいい気持にしておいて、一転地獄へ突き落すのも、一興か……」
「ままままマイク……マイク……」
「どうしたヴェロニカ、血の気が失せてるぞ」
「あのそのあのその! 手練手管って……?」
「あ、そうか。ヴェロニカは知らないか。俺は、男も女も百戦錬磨だ。ガキの頃に仕込まれた技術を、大人になって磨きをかけたら、これが特殊任務や生活のために、結構役立つんだ」
 諜報担当や潜入調査を担当する特殊部隊員の中には、閨房術を身につけた者がいることは、知っている。
 そんな隊員が大事な情報を持って帰ったり要人を的確に始末したりしているのも事実で、ヴェロニカもそれを命じたことがある。
 だが、身近な——大切な人が、そんなことをしていたとは、知らなかった。
(それに……生活のため、って言ったよね……?)
 今にも泣きそうになったヴェロニカが、マイクの上着の裾をぎゅっと握った。握って俯き、唇を噛む。
 こんなところは、姉弟、とてもよく似ている。
「……ごめんなさい、師匠。わたし、何も知らなかった」
「ヴェロニカ、気にするな」
 ぎゅうう、とヴェロニカがマイクの胴に顔を押し付けた。
 面喰ったマイクが、ヴェロニカの頭を優しくなでた。
「ビアンカを助けるんだろ? 何か策を練ろうぜ。エンリケのおっさんたちにゃ、無理だからな」 
「うん」
 だがその前に、と二人が同時に戦闘態勢に入った。
 ヴェロニカの棍は父王の喉元に、マイクの蹴りはグーレースの眉間に。
「ひえっ……親を殺す気か!」
「ひっ……師匠に蹴りをいれるとはなんたる弟子……」
「おっさん二人、うるさいわよ……!」
「余計な茶々入れてんじゃねぇよ……全部聞こえてんだよ!」
 
 引き攣った笑いを浮かべている二人は、ヴェロニカがマイクにしがみついたタイミングで瞳を輝かせていた。
「ヴェロニカ! ほれ、もっと素直に、しっかり抱きつかんかい!」
「マイク、そなたもしっかりヴェロニカさまを抱き寄せるのだ!」
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